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8 想い、拗れて ①
目が覚めて少しだけ痛む頭に混乱している。
なぜ僕はキッチンで倒れるように眠っていたのだろうか。ズボンの中がぐっしょりと何かで濡れた気持ち悪い感触と、僅かに残る甘い匂い。――と、焦げた匂いに眉を顰めた。
そして無意識にガチガチと歯を噛み合わせ、失敗したことへの絶望感に襲われる。
失敗? 何を――?
姿が見えない夏希のことも心配になって、ぐるりと部屋を見回し避難部屋の前に付けられたライトが点灯していて使用中であることに気がついた。
『ヒート』という言葉が浮かび胸騒ぎを覚え、何があったのか――おぼろげな記憶を辿る。
夏希がホットケーキを焼いていて、甘い匂いが広がったかと思うとクラクラふわふわとして、なんだか幸せなのにひどく焦燥感に駆られた。必死に何か硬い物を噛んで、それが邪魔だと苛立っていたのを覚えている。
夢だと思ったアレは現実だった――? サーっと全身の血の気が引いた気がした。
ズボンの中の気持ち悪さの正体と自分がしてしまったことが分かった。
衣服の乱れもないことからそれ以上のことはなかったみたいだけど、僕が夏希を襲おうとしたことは紛れもない事実だ。
僕はのそりと立ち上がり、夏希に聞こえないことは分かっていたけど避難部屋の前で「ごめんね……」って呟いた。
そして母屋に戻りシャワーで色々なものを流しながら、夏希に対する想いも一緒に流さなくては、と思った。
護りたいと言いながら無理矢理だなんて――、僕がやろうとしたことは夏希をΩとして貶める行為だ。家族や友人がやることじゃない。
それに夏希への想いはあの子への裏切りだ。
僕のこの中途半端な想いはあの子を裏切り、夏希を傷つける――。
あの子への想いも捨てきれず夏希を想ってしまう僕に夏希の傍にいる資格なんかない――。
このときの僕は、あんなに否定し続けていた『α』という外側の分厚い殻のような物が自分だけじゃなく夏希までも覆い、本能のまますべてを食らいつくしてしまいそうな恐怖に駆られていた。
α(である僕)はΩ(である夏希)を虐げる。
*****
シャワーを浴び、身なりを整えた僕は兄さんに「夏希のことをお願いします」と頭を下げた。
兄さんは訝し気に僕のことを見たけれど、何となく察したのか「分かった」と言ってくれた。
その言葉にホッとしつつもモヤモヤとした想いはいつまでも晴れることはなかった。
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