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② @夏希
あれから何日経ったのか――ヒートが明けて避難部屋から出てみれば、掃除をしてくれたのだろう焦げたホットケーキも匂いもなにもかもがなくて、雪夜の姿もなくてすべてが夢だったのかと思った。僕は今も城戸に監禁されていて楽しいことなんてひとつもない闇の中にいる――。
心が闇に飲み込まれそうになるのを、綺麗に整えられた部屋に僅かに残る雪夜の匂いでなんとか踏みとどまった。
「――雪……夜?」
壁にかけられた時計を見ると時刻は十八時。いつもならとっくに学校から帰っている時間なのに雪夜がいない。
しんと静まり返る部屋に寂しさが込み上げてくる。
雪夜……。雪夜……もう二度とヒートなんて起こさないから……だから傍にいてよ……っ。
悲しくて切なくて顔がくしゃりと歪む。
背後に人の気配を感じて、そう言えばヒートの間は母屋に行くって言ってたことを思い出し、期待して振り向いた先の予想外の人物にがっかりしてしまった。
「様子見にきたんだけど、ヒート明けたんだな。――って、雪夜じゃなくて悪いな」
と苦笑するのは雪夜のお兄さんの――
「俺は静夜だ」
「静夜さん、あの……雪夜、は――?」
「あーうん。なんか知らんが自主的に謹慎中だな。それで雪夜に夏希のことを頼まれた」
頼まれた……って? 多分それは一時的なものじゃない、ずっとってこと。
たとえ名前だけの婚約者であっても雪夜と繋がっているようで嬉しかったのに、それすらもダメなんだ。オレがヒートになったから……?
どうすれば傍にいられる? 回らない頭で考えて考えて、ひとつの答えに辿り着く。
きっとこれは選んではいけない。間違っていると分かっていても選ばずにはいられなかった。
「そう、ですか。じゃあ――静夜さんさえよかったらオレのこと本当の番にしてくださいませんか? なんでもしますから、だからお願いしますっ」
がばりと頭を下げると静夜さんの困ったような溜め息が聞こえて、オレはびくっと肩を震わせた。未だに雪夜以外は怖いのだ。それがαならなおのこと。
「じゃあって……まったくお前らは――。いや、そうだな。そういうことなら今から雪夜にふたりで挨拶にいこうか。俺たち番になりますってさ。見せかけだけとは言えふたりは婚約者だったんだから報告くらいしないとな」
そう言って微笑む静夜さんは雪夜と血の繋がった兄弟なのだと改めて思った。圧を感じるαであっても優し気な目元がそっくりだ。
そっくりだから分かった。分かってしまった。オレには無理だって。
たとえ双子のようにそっくりでも雪夜でなければ意味がない。雪夜以外を愛することなんてできないのだ。
雪夜に受け入れられなくても好きだから、他の人の番になってもここにいられるなら、家族として雪夜の傍にいられるならって思った。
でもきっとオレにはそんなの耐えられない。雪夜以外がこの身体に触れることも雪夜以外と番うことも、雪夜がオレ以外の誰かと番うのを見ることも――死ぬよりもつらいことだって分かる。
でもつらいと分かっていても雪夜の傍にいられないことの方が何倍もつらいと思うから――。
「はい」
そう答えるしかなかった。
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