9 想い、交差して

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9 想い、交差して

 部屋の前に人の気配を感じてドアを開けると、そこには夏希と兄さんの姿があった。  バチっと夏希と目が合い、驚いたのか夏希がうしろによろめいたのが見えて僕は咄嗟に手を伸ばしたけれど、夏希は兄さんの方に倒れ込んでその腕の中に収まった。  あぁ、と思う。  これからはこういう場面をよく目にすることになるのだろう。確かに僕が夏希のことを兄さんに頼んだわけだけど、実際ふたりが一緒にいるのを目にすると思ってた以上に――キツイ。  僕は耐えるようにギュッと両手を握りしめた。  兄さんに託すと言いながら、夏希が簡単に僕以外に心を許すとは思っていなかった。でも夏希は兄さんの腕の中にいても怖がる様子を見せない。それが答えのように思えた。  夏希は兄さんを選んだんだ。  きっと見せかけだけじゃく本当にふたりは結婚して番になるのだろう。一応筋を通す為にその挨拶にきたってところか――。  夏希と家族に――。  僕は夏希を襲ってしまったのだから。性交には至っていなくても、Ωにとってたとえネックガード越しであっても項を噛まれるかもしれない恐怖はとんでもないと思う。相手が嫌いな僕ならなおのこと――。  愛する兄さんと一緒だからそんな極悪人の僕のところでもこられたんだ。  そう思うと胸が張り裂けそうに痛い。  ――でも、だから、だからこそ僕は笑わないといけない。夏希への想いを断ち切る為に。  笑え、笑うんだ。心からおめでとうって言うんだ。  「良かったね。幸せになって」って、最初にそう言うって決めたじゃないか。  相手が兄さんなら言うことないはずなんだ。優しくて頼りになってなんでもできる兄さんなら――夏希を幸せにしてくれるはずだから。  これから夏希は兄さんと楽しい時を過ごして、兄さんに笑顔を向ける。  僕が欲しかったものぜんぶ――兄さんに。  泣いてしまいそうになるのを堪えるように一度ギュッと目を瞑り、「おめでとう」と言いかけて、こちらにふらりと倒れ込んでくる夏希が見えて慌てて両手を広げ抱き留めた。  兄さんの方を見ると、兄さんはニヤリと悪戯が成功したみたいに笑っていた。 「――確かに渡したぞ。――まったく、自分のことで手一杯だっていうのにうちの可愛い弟たち(・・)は。今度こそ相手を間違えるなよ。恋の囀りは好きな相手にするもんだ」 「え? 兄さん?」 「貸しひとつ、だからな?」  人差し指を一本立てて愉快そうにそう言うと、僕たちに背を向けさっさと行ってしまった。  突然ふたりきりにされて戸惑う。恋の囀り云々の兄さんが言っていたことも気になるけれど、諦めなくちゃと思っていたいとおしい人が僕の腕の中にいることが嬉しくて、離さなくちゃって思うのになかなか離せないでいる。 「――あの、さ。話があるんだ」  腕の中で身じろぎ夏希がそう言って僕を見上げ、さらりと横に流れた前髪から夏希の素顔が現れた。  いきなりの至近距離での夏希の素顔。頬は真っ赤で瞳は潤んでいて、その表情に夏希も――? と勘違いしてしまいそうになるけど視線を逸らし気持ちを落ち着かせる。たとえそうだとしても僕は夏希への想いを捨てるんだから――。 「あ、うん。えっとよかったら部屋に入る? 大丈夫? 僕とふたりきりは怖いなら――」  と言いかけて、夏希は僕の胸の辺りの服を掴みブンブンと頭を振った。 「部屋に、入れて……」  僕はごくりと唾を飲み込み、夏希を部屋に招き入れた。
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