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1 雪、溶けて
僕の家は所謂名家で、親戚の集まりでは絶対数の少ないはずのαがどうしてこんなにいるのかっていうくらい右を向いても左を向いてもαだらけの一族だった。財界や政界、芸能界とありとあらゆる世界で活躍するテレビや雑誌でよく見かける顔ばかりだ。
そんなαだらけの一族で唯一の例外が父さんと結婚した僕の母さんで、少し特別なΩだったらしい。
一般的にΩはαに比べると身体が弱く、寿命も短いと知られているけど母さんはそんなΩの中でも特に身体の弱い男性Ωだった。そんな母さんを父さんは、傍から見れば笑っちゃうくらい大事に大事にしていたそうだ。
たとえばカーリングみたいに母さんが歩く前の道を整えるんだ。石ころやらでこぼこやら、間違っても躓いてしまわないように。
本当は抱っこ移動を基本にしたかったらしんだけど、さすがに母さんに「ちょっと転んだくらいで死にやしませんよ。じゃなきゃふたりも子どもなんて産めません。そもそもがその前の段階で――」と恥ずかしげもなく夫夫の夜のあれこれを言おうとするもんだから「わーわー」と父さんが慌てて、それを見て母さんがおかしそうにカラカラと笑っていたそうだ。病弱だけどおおらかな性格の母さん、我が家の太陽的存在だったらしい。
家族に愛されてとても大事にされた母さんだけど、僕が物心つく前にはお星さまになってしまった。
僕には母さんの記憶がぼんやりとしかなくて、父さんや兄さんから聞く話がすべてなんだ。だから年頃の息子に話すにはどうかと思われるような内容でも僕はただ嬉しかった。
僕は小さいころは本当に身体が弱く、他の子に比べて大分おっとりしていて容姿も母さんに似ていた。そのことから僕は母さんと同じΩだと思われていたのだ。
医学的根拠もないたったそれだけの理由だったけど、愛する番を失ってしまった父さんには充分な理由になったようだ。
このままでは母さんに続き僕までも失ってしまうという恐怖が優秀であるはずのαの判断を狂わせてしまったのかもしれない。
本当なら誰かが止めるべきだったのかもしれないけど、普段のαにしては穏やかでギラギラしたところのない父さんからは想像しづらいんだけど、仕事面ではやり手だし他人にも自分にも厳しいαらしいα、それが父さんだった。そんな父さんの言うことだったから、きっと正しいに違いないとみんな同調してしまったのだ。αの統率力が間違った方に作用してしまったのだろう。
その上僕があまりにも可愛すぎて攫われてしまうのではないか、Ω性が発現したら項を噛まれて望まない相手に番にされてしまったりと犯罪に巻き込まれてしまうのではないか、と色々なΩとしての不利益をぐるぐると考えて、暴走してしまった。
その結果、僕の家族は僕のことを容姿で目を付けられないように肥え太らせ、髪もわざと野暮ったい髪型にした。格闘技の真似事もほんの少しだったけどやらされたりもした。
家族にとってはどんな姿をしていても僕は可愛く愛しい存在だったけど、父さんの狙い通り僕にそういう目的で近づく人はいなかった。
けれど揶揄いの対象にはなったわけで――――。
それにいざヒートがきてしまえば容姿なんて関係ないと思うからこんなこと止めたいなって思うんだけど、僕の為を思う一生懸命な家族のことを無下にはできなかった。
とにかく心配をかけないように家族の前では明るく振舞って、言われるがままもりもりと何でも食べ続けた。身体も動かしていつの間にかふくふくしい健康優良児になっていた。
そして中学二年で受けた二次性判定で僕はまさかのαだった。今までの我慢や努力はいったい何だったのか。
十時くんたちの二次性がなんだったのかは知らない。でも判定結果の紙を悔しそうに握りしめていたからαではなかったんだと思う。
そしてどこからか僕がαだと知ったのか一度だけものすごく睨まれて、その後は僕の視界から消えた。ピラミッドの内訳がバースに変わったのだ。
正直十時くんがどのバースであっても興味はなかったけれど、もう揶揄われることもないということにホッとした。
あの子に好きだと言ってもらってからはそんなには気にしていなかったけれど、やっぱり嫌なものは嫌だったのだ。
*****
後日主治医にΩではなくαだったと伝えどういうことなのか訊ねてみると、医者曰く「病弱だったからと言ってΩであるとは決まっていませんし、その病弱も大事にされすぎたせいかもしれませんね」と。
もっと早くにその可能性を教えてくれていれば、と思わなくもないが今更言ってもしょうがないことなのでそこは素直に頷いておいた。もしかしたら父さんの圧に余計なことは言えなかったのかもしれないし。
αだと分かり父さんたちはホッとしていたし、もう太っている必要もないとダイエット計画が立てられた。
父さんたちも別にΩを蔑視していたわけじゃないけど、いつ消えるとも知れないと思っていた命の炎が滅多なことでは消えないと分かり安心したのだろう、少しだけ気持ちに余裕が出たように思う。
全力で臨んだダイエット作戦の効果はすぐに表れて、まるで雪が溶けるように贅肉は落ち、スリムな身体になった。下を向いても邪魔する贅肉はない、どこからどう見てももう雪だるまではない。
だけど僕はどこかほんわりとしていて、身体だっていくら鍛えても筋肉質にはならずほっそりとしていた。およそαらしくないαだった。
だとしても以前の僕とは違う。
あの子にもう一度会えたとして、気づいてもらえるだろうか?
僕はもうあの頃のふわふわではなく、あの子が好きだと言ってくれた可愛い雪だるまではないのだ。
だから他のどんなことよりもそのことだけが不安だった。
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