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2 婚約者、突然に ①
無駄な肉や脂が雪のように溶けてなくなり、季節は何度も巡った。
αだと分かってあっという間の三年、僕は高校二年生になっていた。
今はもう僕が雪だるまだったことを知る人は周りには誰もいない。二次性の分化により進む道が分かれたのだ。
僕の周りには十時くんたちのように揶揄う人はいなくなったけど、今度は『α』であることや一族の『名前』で僕は見られるようになっていた。
結局僕自身ではなくて、僕が被ったなにかがすべて、という話だ。それは雪であったり一族の名前だったり。全部ぜんぶ僕の外側。
僕は僕なのに。αでもΩでもβでも太ってても痩せててもなんであっても僕は僕で平野であっても平野じゃなくても、 雪夜以外の何者でもない。
そんなだから僕の方から誰かに歩み寄ったりはしたくなくて、特別浮いたりはしなかったけど誰とも友だちと呼べるほど親しくはなれなかった。
だけどそれを寂しいとは思ったことはない、けど胸が痛むんだ。
昔僕を抱きしめてくれて大好きだと言ってくれたあの子に会えないことだけが堪らなく寂しくて――。
いつも、いつもあの子のことを思い出していた。
家族以外で唯一僕を僕として見てくれた――あの子に
「――会いたい」
その呟きは誰の耳にも届かない。――勿論あの子にも。
*****
大人になったらあの子を探しに行ってみようかなどと密かに決めて、こつこつ貯めた小遣いももうそれなりの金額になりつつある。
成長したあの子を想像しながら、友人云々は置いておいて色々なことに積極的に関わり、高校生活も意欲的に送れていた。
殻に閉じ籠っていじけてる姿なんて、再会したあの子に見られたくなかったからだ。あの子はどんな僕でも大好きだと言ってくれるかもしれないけれど、それでも僕は頑張っていたかった。
頑張って、胸を張ってきみと笑い合いたかったんだ。
そんな僕にとっては祈りのような、普通の何でもない日のこと。
父さんが知らない子を家に連れて帰ってきたんだ。
父さんに隠れるように立っていたその子はほっそりというよりガリガリに痩せていて、仕立ては悪くはないようだけどサイズのまったく合わない服を着ていた。
年齢は僕より下――かな? もしかしたら痩せすぎていてそう見えるだけで、想像よりも幼くはないのかもだけど……。
僕が不躾にじろじろ見ていたせいか、ぼさぼさの長い髪の隙間から覗くその子の大きな目がぎょろりと僕のことを睨んだ。
睨まれたことに少しびっくりして固まっていると、父さんにその子が僕の婚約者で僕と同い年だと言われ、更に驚き固まってしまった。
今までそんな話は五つ上の兄さんも含めてひとつもなかったはずなのに、いきなり僕の婚約者だと見ず知らずの子を連れてこられても、どうすればいいのか戸惑うばかりだ。
けれどすぐに父さんにその子を――いや、同い年なら『彼』としよう。
彼を『離れ』に連れて行くように言われハッとする。
そして無言で頷く父さんを見てきっと彼に聞かせたくない事情があるのだと思い、言いたいことはひとまず飲み込んで素直に父さんの指示に従った。
母屋と離れは渡り廊下で繋がってはいるけど独立した平屋建てで、母屋よりは小さいけどしっかりと中から鍵もかけられて匂いも外に漏れない、所謂Ω用の避難部屋があった。
うちにはΩは母さんしかいなかったから母さん専用のヒート時の避難部屋だった。
普通なら番ってしまえばたとえヒート時であってもΩが出すフェロモンはその番にしか香らないはずだけど、母さんは父さんと番っていたにもかかわらず避難部屋を必要としていた。なぜだか母さんは番ってもフェロモンを垂れ流してしまう体質だったようで、番以外のαを誘ってしまうのだ。母さんのことを『少し特別なΩ』と言ったのはそういうわけだ。
その体質が余計に母さんを弱らせていたという話だけど、もしも父さんと出会わなければ母さんの命はもっと短いものになっていたのではないかと思う。
テレビで流れるΩ関連の悲惨なニュースを観る度に思う。Ωは護り、愛されるべき存在なのに――と。
そういった意味では、愛した人と番って子宝にも恵まれた母さんは、短命ではあったけどきっと幸せなΩだったんだと思う。だって残された写真の中で母さんはいつだって幸せそうに笑ってたから。
チラリと盗み見た彼の首には彼に似つかわしくないゴツイネックガードが填められていた。わざわざ訊かなくても分かる、彼はΩだ。
とても大事にされてきた……とは思えないけれど、彼はどんなΩなのだろうか――。
チラリチラリと彼に視線をやりそんなことを考えていると、一瞬だけ彼と目が合ってぷいっと逸らされてしまい僕は小さく溜め息を吐いた。
とりあえず彼を離れに案内して、適当にくつろいでいてとだけ言い残し父さんたちの待つ母屋へと向かった。
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