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 翌日、早く起きた僕は僕の部屋の向かい側にある彼の部屋のドアをそおっと開けた。そこは鍵もかからない普通の部屋で、ベッドと小さなテーブルがあるだけだ。  急なことで準備が間に合わなかったのだ。彼の希望も聞きながら家具や小物なんかもおいおい揃えていこうと思う。ちなみに僕の部屋の物は母屋にある自室から運んでもらったから、場所が変わっただけで不自由はない。  こんな彼にとって不安しかない場所で彼の部屋をΩ専用の避難部屋にしなかったのは、あの部屋はあくまでもヒート時に使うものであって、普段使うような部屋ではないからだ。部屋の中にはベッドと小さな冷蔵庫、トイレもシャワーもあり食料や備品を定期的に補充さえすればあの部屋だけで完結できるようになっている。だけど、窓もなく娯楽の類は一切ない。  ひとりっきりの部屋では安心するというより息苦しさを感じるのではないかと思う。それでは本当の意味で護ることにはならない。ただの監禁(・・)だ。  一応彼にもその辺は説明してどちらにするか訊いてみた。それで彼は普通の部屋を選んだのだ。  多少は僕のことを信頼してくれているということなのかな。  僕もよっぽどのことがない限り勝手に彼の部屋に入るつもりはない。折角くれた彼の信頼を裏切りたくはない。  じゃあなんで今回彼の部屋のドアを断りもなく開けたかというと、彼がちゃんとベッドで寝ているのかが心配になったからだ。床に座っていたように、部屋でも床に寝てやしないかと。  部屋には入らず彼の様子を窺うと、彼はちゃんとベッドでぐっすり眠っているようだった。穏やかな寝息が聞こえホッとする。  僕はそのまま静かにドアを閉め、ひとりで母屋へと向った。昨日話せなかったことを話す為だ。  リビングのドアを開けると父さんと兄さんは既に起きていて、僕を待っていた。 「おはよう。父さん、兄さん」 「ああ、おはよう」 「おはよう」  軽く朝の挨拶をして僕がソファーに座ると、父さんはファイリングされた書類を僕に差し出した。  彼と一緒に渡された彼のことについて申し訳程度に書かれた書類だと言う。  それによると、彼の名前は城戸 夏希(きど なつき)といって、年齢は僕と同じ十七歳。昨日父さんからは同い年だと聞かされていたけれど、本当のことだったらしい。こうやって書面で確認しても信じられないくらい彼は幼く未熟だ。  だけどそれは彼の外見だけの話で、僕は彼について何も知らない。よく知りもせず外側で判断するのは自分が一番嫌っていたことで、見た目だけで『年下』とした昨日の自分は間違っていた。  心の中で彼に詫びを入れ、再び資料に視線を落とした。  Ωだからなのか夏希の家のせいなのか、学歴は中学卒業までで高校へは行っていないということだった。あとは既往歴、現在の健康状態、予防接種や性交経験の有無。勿論無に丸がつけられていた。だけどこれじゃあ本当に物やペットみたいで夏希の父親に対して怒りが沸いた。  そして僕たちが離れでふたりきりで過ごすことに父さんがなぜこだわったか分かる気がした。勿論夏希をひとりにするのは寂しいだろうというのも本当だろうけど、それだけの理由だったらなにも僕じゃなくてもいいのだ。たとえば年配の女性βなど、安全(・・)な相手なら他に何人もいるのだから。  自分の息子を売るような父親だから、もしもこの先うちよりもいい条件の相手を見つけたら息子を返せと言ってくるかもしれない。そんな時、わざわざ性交経験の有無を明記するような父親なら『純潔』をうり(・・)としていると考えられる。だからあえての僕で、婚約者であるふたりが離れという小さな空間に一緒に住んでいるなら暗にそういうこと(・・・・・・)シテ(・・)いる仲だと思わせられるということだ。  僕は夏希について書かれた書類を読み終えてすぐにシュレッダーにかけた。万が一にもこんなものを夏希の目に触れさせてはいけない。  とりあえず健康面は痩せているだけで心配がないことにホッとした。それなら夏希が求めるだけ好きな物を用意すればいい。間違っても僕のときのように効率重視で太らせようと食べ物を詰め込むようにしてはいけない、うん。  あとは学歴の話だけど、すぐにどこか高校に通わせようとする父さんに僕は待ったをかけた。  多分今通わせても昨日の夏希の様子だと時期尚早に思えた。  先々で通わせるにしてももう少し色々落ち着いてからの方がいいだろうし、通信教育というのもアリだろう。それに本人が望まなければ強制するべきではない。  夏希には自分がやりたいと思えることをまずは見つけて欲しい。色々な可能性が夏希の目の前には広がっていることを知って欲しい。  とりあえず僕が学校に行っている間はひとりでゆっくりと過ごしてもらって、うちに慣れてもらう。夏希を害する人間はここにはいないのだと分かってもらう。  そして僕が帰ってからはなんでもいいから一緒にできたらいいと思う。夏希が興味を持てるもの、楽しいと思えるものを見つける手助けがしたい。  そうして父さんたちとの話し合いの結果、僕の出した意見は概ね通って夏希の世話は僕が中心になって行い、何か困ったことがあれば必ず父さんたちに相談するということになった。
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