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 離れでのふたりの生活も三ヶ月が過ぎて、最初はどうなることかと思えた夏希の態度も少しずつだけど軟化してきていた。必要以上に怯えたりはしなくなったし、簡単な会話なら普通にしてくれるようになった。  だけど完全に心を許してくれたわけではない。時々だけど僕のことを睨んでいることがあるからだ。僕はそれに気づかないフリをしている。  せっかくうまくいきかけている関係を壊したくなかった。  備品の補充にβのお手伝いさんがくると、逃げるようにして隠れてしまうから、現状でも僕に対する態度はマシ(・・)なのだ。  もっと沢山のことを夏希に見せたい。もっともっと色々なことを体験して欲しい。  そしてまだ見ぬ夏希の心からの笑顔が見たいのだ。  今のぬるま湯のような関係を心地いいと感じていた。そしてこの関係がずっと続くことを願っていた。  いつの間にか夏希の為というよりも、僕自身の為に――。 *****  夏希が興味を持てるものを探す中、最初に夏希が興味を示したのは勉強だった。Ωにしては――と言うと失礼だけど、一般的なΩは勉強を好まない傾向にある。Ωの持つ基本能力が低いのと、せっかく苦労して知識を得てもそれを活用する場がないと知っているからだ。  だから、僕がリビングに出しっぱなしにしていた参考書をひとりで見て勉強しようとしていたのを見つけた時は驚いた。驚いたけど、否定したりはしなかった。  僕に見つかって怒られると思ったのか慌てて参考書を閉じた夏希に、「勉強したいの?」って訊いてみた。夏希は少しだけ躊躇う様子を見せたけど、こくりと頷いた。  僕は安心させるように微笑んで、とりあえず僕の中学時代の参考書を引っ張り出してきて復習するところから始めることにした。  夏希は地頭がいいのか分からないところは一度教えれば理解するし、応用力もあった。  会話はしてくれるようになったもののずっとつまらなそうにしていた夏希が楽しそうに勉強する姿に僕も嬉しくなった。  やっとひとつ、それでも大きな一歩だと思った。  この先本当に夏希と一緒に学校に通う日がくるかもしれない、と胸が躍った。  同時にそんなことが嬉しいと思ってしまう自分に驚く。今までこんなにも誰かのことを考え、関わりを持ちたいと思った相手なんていなかった、から。  ――夏希と一緒にいると勘違いしそうになる。  僕が好きなのはあの子ではなく夏希ではないのか――って。  なんでそんなことを思ってしまうのか……。僕が好きなのは生涯あの子だけ、なのに。  それなのに思い出の中のあの子と夏希がいつの間にか入れ替わっていることすらある。  抱きしめて好きだと言ってくれたのは『夏希』だと――。  間違ってはいけない。ふたりへの想いは別のもののはずなんだ。  夏希に対する想いは『友人』あるいは『家族』に対するものでなくてはいけないのだ。  だけど最近の僕は学校にいてもなにをしていても夏希のことばかり考えてしまう。  どうやったら夏希ともっと仲良くなれるだろうか。  どうやったら笑ってくれるだろうか。  どうやったら護らせてくれるだろうか。  どうやったら僕を好きになってくれるだろうか――――。  こんな気持ち――――間違い、なのに。
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