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第1話 銀盆の上に鎮座するもの
豪華絢爛たる装飾が施された玉座の間に、冷たい灰色の瞳に緩く癖のある黒髪を持った美貌の青年が入って来た。ただ真っ直ぐに前を見つめたまま、数段高い位置にある重厚な造りの椅子へ向かうと、躊躇うことなく腰を下ろし長い脚を優雅に組む。
周囲を睥睨するこの青年こそが、ヴェネセティオ王国の初代国王となったロランドである。
恭順の意を示すため、その場に居た者たちが目を伏せ、胸に片手を当て頭を下げた。
「……アデライード王女」
ロランド王の低く艶のある声で名前を呼ばれたのは、玉座の間にの中にあって、ただ一人頭を下げることのなかった女性だ。
白地に金で刺繍を施したドレスを纏う爛漫と咲く花のような美しいその女性は、月の光を溶かしたような淡い色合いの髪に紅い宝石に金を散らしたような瞳をしている。が、しかし、ロランド王を見上げるその目には不穏なものが含まれていた。
「男装姿で戦うそなたも背徳的で美しかったが、私の為に着飾ったドレス姿は実に格別だな」
「誰が……お前のような簒奪者ふぜいのためにわざわざ」
無理矢理に着せられたに決まっているだろうと吐き捨てる。
「簒奪者? なに、考えようによっては、そなたの国の領土を少しばかり増やし、無能な王に変わってやっただけではないか。ああ、無能な王とは、そなたの父君だったな」
「お前が……お前が殺したのだ。父も母も、兄も姉も!」
「口を慎めアデライード。そなたは私の妻となるのだ。女であれば夫に従うように教わるはずだが……騎士として戦場に多くあって知らないとするならば、私が喜んでその華奢な肢体に直接教えて差し上げよう」
ロランド王は肘掛けに腕を乗せると、微かに歪めた唇に長い指をそっと這わせ、冷酷な光を宿す双眸を細めた。
剣呑な雰囲気であるが、笑ったのだ、とアデライードが気づいた時には既に、悍ましさで肌が粟立っていた。
「そなたに婚姻の贈り物がある。……持て」
重い扉が開く。銀蓋に覆われた盆を恭しく捧げ持った侍従が現れ、進み出るとアデライードの前で立ち止まった。
「蓋を」
ロランド王が、ちらと視線を動かす。目でもって命じられた騎士が、侍従の捧げ持つ盆から銀蓋を持ち上げた。
現れたのは、血溜まりの上の生首――
「喜べ。そなたの為に用意した。実を言えば、つい先ほどまで生きて胴体と繋がっていたのだが……なにぶん頭だけの方が持ち運びも容易かろうとな」
ここに来る前に私が切り落としたのだと、話し続けているロランド王の言葉は、もう何ひとつ、アデライードの耳には届かなかった。
ただただ、目にしているものが信じられなかった。
震える手を伸ばし、そっと触れる。
――髪に。
――眦に。
――唇に。
風に揺れていた柔らかな銀色の髪は所々血で固まり、指先で梳くことも叶わない。いつだって優しく愛しげにアデライードを見つめていた菫色の瞳は、その燦爛とした輝きを失い濁っていた。口づけを落とし『アデリー』と囁く度に優美な弧を描いていた唇は、奇妙な形で開いたまま。
少しでも温もりを感じられないかと、アデライードは両手で包み込むようにして銀盆から首を持ち上げ、その額に頬を寄せた。つい先ほどまで生きて胴体と繋がっていた……ロランド王の言葉が不意に蘇る。
俯き、そのまま銀色の頭部を胸に掻き抱くようにしたアデライードの細い肩が震えるのを、白いドレスが赤黒い血で染まってゆくのを、誰もが息を詰めるようにして見ていた。
…………。
獣の唸り声にも似た低い音が、聞こえた次の瞬間。
「うおぉぉおおぁぁあああーーッ!!」
突然、顔を上げたアデライードが叫び声を上げた。と思う間もなく、傍に立つ騎士の腰に吊っていた帯剣を片手で引き抜いたのは一瞬。鋭い弧を描き、躊躇なく振り下ろされた剣は傍にあった騎士を叩き斬った。鮮血が噴き出す。続き、流れるような剣捌きで銀盆を持つ侍従の両手を切り落とすと、その時になって漸くあちこちから剣を引き抜く音が聞こえた。
金属の滑る音に、辺りに緊張が走る。
不敵な笑みを浮かべながら、アデライードは動きを邪魔するドレスの膝下の生地に剣を突き込むと、ひと息で無造作に引き裂いた。
その隙をつき、勢い込んで正面から有無を言わさず斬りかかって来た騎士の剣を、即座に跳ね上げる。さらに踏み込んだアデライードが剣を振るうと、それが合図だったかのように、四方から剣が突き出された。
アデライードは手にした剣を容赦なく振り抜き、目の前の騎士の左肩を斬りつけ、流れるように翻した剣で別の一人の両目を真一文字に切り裂く。凄まじい殺気を感じ身を翻せば、頭蓋骨を割る勢いで振り下ろされた剣の空を切る音が耳元を掠めた。
騎士の何人かに深い傷を負わせ、二人を確実に殺したところでアデライードは背後から、どんと衝撃を感じた。
抱えていた頭部が転がり落ちる。
いつのまに玉座から降りたのだろう。ロランド王の長剣でひと突きされていることをアデライードが知ったのは、己の身体を貫く剣先を見下ろした時だった――
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