Girls on the stage

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「うん……かなり前のことだけど。なんかその言葉、思い出しちゃって。多分、存在すら忘れられていた私の気持ちなんて、あの人には必要がないんだろうし、きっと邪魔なんだろうな、って。萌が先輩の立場だったら、そう思うのかな、って。そう思ったら、なんだかすごく怖くなって」  萌は間髪入れずに「ないないない、そんなことないって!」と勢いよく言うと、目の前のテーブルに手をついて頭を下げた。 「ごめん、綾! そんなこと言ったの、正直全然覚えてないよ。多分、家かどこかで何かあってたまたま頭に来てて、つい何かの勢いでそんな暴言吐いちゃっただけだよ。それに、私が言ったことなんて全然大したことじゃないんだから。ほんと気にしないで! 綾が邪魔になんてされるわけがないんだから、ね、絶対!」  萌は分かっていない。その言葉が、私をどれほど傷つけたのかを。 「そんなこと、分かんないよ……」  そうなんだ。  言ったことすら忘れてたんだ。  忘れられることは振られるよりも辛い――さっき自分の口から出たばかりの言葉が頭をよぎり、また泣けてきた。萌はすっかり言葉に窮してしまっている。失恋で傷ついた友達をいかに慰めるべきか考えあぐね、そして明らかにこの状況を持て余しているようだった。  私が流す涙の本当のわけを、彼女が知ることはおそらくないだろう。こんなに屈折した子供じみたやり方で彼女に対して恨みを言い立てるなんて、私はちょっとおかしいのかもしれない。綾にだってそれは分かっていたし、本気で疎まれない程度には、引き際だってわきまえているつもりだった。  ただ、今、この胸のうちにある思いをどうにか表に出したかった。吐き出さないと苦しかった。なんとか、彼女を遠ざけない方法で。だって本当のことを叫んでしまえば、彼女は遠く離れて行ってしまうだろうから。せめて友達として、ずっと彼女のそばにいたかった。  綾は自分の右手に添えられた萌の手を両手で包むと、そっと握った。 「……もう、いい」  目を落とし、萌の華奢でつややかな手の甲を見つめながらそう呟いた。 「え?」 「先輩のことは、もう諦める。そう決めたから」 「……そう、なの? 本当に大丈夫? 諦められる?」  突然の言葉に少し困惑しながらも、下手に鼓舞して相手の気持ちを刺激するべきではないと思っているのか、萌はそれ以上何も言わずにこちらの顔色を伺っている。綾が自分に対してどんな言葉を欲しているのかを推し量っているのだ。そして彼女にしては珍しく、その答えを見つけられずにいるようだった。 「うん……。ごめんね、なんか。萌に八つ当たりしちゃって」 「ううん。私こそ、ヘンなこと言ったみたいで、ごめん。ほんとに綾が気にすることじゃないからね」  予定調和的な笑顔が二人の間に広がる。萌はハンカチを出してきて、綾の頬を伝う涙を拭いた。 「ほら。涙拭いて、元気出して、ね?」 「……うん」  茶番、という言葉が頭に浮かんだ。けれど、こんな茶番でも嬉しいのだから仕方がない。  彼女が心の底からこんなふうに優しい子じゃないことは、時折言葉端から垣間見える彼女の本音に触れるだけで、綾にも何となく分かっていた。  彼女にとっての学校とは結局、周りの人間と当たり障りのないよう、適当に合わせてうまくやれればいい、その程度の場所に過ぎないのかもしれない。そしてそれは彼女にとって、綾も含めた学校の友人の中に、本音で付き合うほどの存在がいないということなのかもしれない。  茶番。私も彼女も学校という小さな舞台の中でそれぞれの役を演じている。そのなかで一緒にいられるだけも楽しいし、嬉しい。このままでいるほうがラクだとも思う。  だけどやっぱり、ずっと演じ続けていると寂しさが募っていく。本当の彼女を見てみたい。見せてほしい。つよく、心から。だけど、目の前にいるこの子は私にはそれを決して見せないだろう。私はまだ、そういう立場にはないから。だから私は、彼女が自分の役を下りて私と同じ場所に立ってくれるまでずっと演じ続けるしかないのだ。 「ありがと。萌のおかげで元気でてきたよ」  笑顔を作ると、綾は萌の顔を見つめた。 「ううん、そんな。私、何もしてないじゃん」 「そんなことない。だってこうやって、私のためにここまで来てくれたんだから」  綾は手元の皿に置いたままになっていたドーナツを半分に割って、その片方を萌に差し出した。 「お礼に、これあげる」 「いいよぉ、私もこれから何か頼むし」と半ば笑いながらも萌はそれを受け取り、二人で同時にぱくりと食べた。そして「おいしいね」と笑いあう。  萌の何がこんなに綾の心を惹きつけるのか分からなかった。分からないままに、こうやって二人でいるのが楽しくて、ただ幸せだった。  次はどんな嘘をついてしまうのか、綾にも見当がつかなかった。けれど――。多分、本当のことを言うよりは彼女を困らせないはずだ。だから今は、自分に嘘を許そう。  一緒に席を立ち、色とりどりのドーナツが並ぶショーウインドウを眺めてあれこれ言い合いながら、ふと綾は萌の手を取った。少し驚いたように萌はこちらを見て、それからにこりと笑い、手のひらをぎゅっと握り返してくれた。 「綾が元気になって、よかったぁ」  その言葉に、笑顔で「うん」と答える。   ねぇ、萌。  綾は隣でショーウインドウの向こうに釘付けになっている萌の横顔を眺めながら、心の中で呼びかけた。  ごめんね。  ごめんね。  大好きだよ。
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