Girls on the stage

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 頬を伝う涙が、熱の名残を冷ましてくれる。夕刻の風は真昼よりも幾分涼しく感じられたが、空気はまだ生ぬるかった。  ――今から私、そっちに行くから。待ってて、ね?  綾は右手に握ったままのスマホに目を落とすと、その重みを確かめるようにぎゅっと握りなおした。電話越しに聞いたばかりの声は、まだ耳に鮮明だ。涙を拭って鞄にスマホをしまうと、校門を出て駅へと向かった。  夕日を背にした校舎から、トロンボーンの音が響いてくる。道路沿いに見える夕暮れの校庭では、まだ多くの生徒たちが部活の練習に励んでいた。トラックを走る子、テニスボールを追いかけている子、集まってなにやら談笑している女の子たち。彼女らを金網越しに眺めながら「私、なにやってんだろう」と思った。あの子にあんな嘘をついて、どうしてこんなに平然としていられるのだろう?  電話の相手――桧山萌とは駅前のドーナツ店で落ち合うことになっていた。失恋して大泣きしている女の子を装って、彼女と会う約束を取り付けたのだ。  萌と電話で話しながら、ありもしないストーリーをでっち上げて泣く自分に呆れるのと同時に、まるで本当に「たった今中学時代の先輩に告白して振られた傷心の女子高生」であるかのようなやるせない気持ちでいられることに、得も言われぬ心地よさを感じてもいた。そんな先輩など実際には存在すらしないわけだが、そうやってボロボロに泣いている自分は嘘ではない――なぜだかそんな風にも思えてくる。   だって、嘘で涙は流せない。たとえそれが事実ではないとしても。多分、きっと、そうじゃないだろうか。  駅前は人でごった返していた。電話を掛けた時、萌は乗換え駅の構内にいたようだ。ここに戻って来るまでにはしばらくの時間がかかるだろう。お店に入ると、アイスティーとチョコ掛けのドーナツを一つ購入し、店内奥のテーブルをしっかりと確保した。鞄から手鏡を取り出すと、自分の顔を確認する。  まず最初に、風で乱れた前髪とサイドに残した髪を手ぐしで軽く直す。やや上げ気味に結わえたツインテールのおかげで、少し頭が重たかった。目にはまだ腫れぼったさが残っている。さっきの涙でアイメイクが崩れていやしないかと心配だったけれど、それほどひどいことにはなっていないようだ。化粧ポーチを取り出し、目元を軽く直してみる。  ドーナツは食べずに置いておいたほうがよさそうか。アイスティーを一口飲みながら綾は考えた。失恋したばかりの子がドーナツなんて食べるだろうか? 普通だったら喉をとおらないはずだ。  私はうまくやらなければならない。嘘がばれたら、多分萌は二度と私と口をきいてくれないだろう。そう考えると、すうっと背中がつめたくなった。  悪いことをしているとは思わなかった。ただ、私は質さずにはいられなかったのだ。そして、認めて欲しかった。かつて彼女が言った、あの言葉。それが誤りであったことを。
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