第二章・たとえあなたが魔王でも、 勇者をあなたの望む子どもに育てましょう。

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 翌日の早朝。  目が覚めると、枕元に二歳くらいの小さな子どもがちょこんと正座していました。  無愛想な顔でじっと私を見下ろしています。 「……あなたはイスラですね」  こくり、子どもが頷く。  やっぱりイスラですね。相変わらず無愛想ですが直ぐに分かりました。  外跳ねの黒髪、紫色の瞳。こんな綺麗な顔立ちの子どもはなかなかいませんから。 「おはようございます、あなたは早起きなんですね。すぐに朝食の支度をしますから待っててください」  そう言ってベッドから降りて土間へ向かった、その時。 「ぶえいあ、おえもいく」  声がしたかと思うと、背後からパタパタッと子どもの足音がします。  え? 振り返り、驚愕に目を見開く。  だって、イスラが歩いたんです! 喋ったんです!  昨日は一人で立てたので今日は歩き始めるかもしれないと思ってましたが、こうして実際歩く姿を見ると感動のようなものを覚えます。  そして何より、今、イスラは。 「ぶえいあ? ……もしかして、それは、私の名前ですか……?」 「ぶえいあ!」  イスラはそう言うと私の足に抱きついてきました。 「あなた、昨日まであぶーしか言えなかったのにっ」 「ぶえいあ!」  嬉しそうに私の名前を呼んでくれました。  子ども特有のボーイソプラノが耳に心地よく響く。名を呼ばれることが、こんなに嬉しいなんて。 「ハウスト、起きてくださいっ。イスラが大変です!」  私は急いでハウストを起こしました。  まだ早朝なのでハウストは眠そうでしたが早くイスラを見てほしい。 「ん……、なんだこんな朝早くに」 「いいから起きてください! イスラが歩いてるんです!」 「……昨日の時点で立っていたんだ、一晩で歩くのは当然だろう」  眠そうに言うと、「まだ起きるには早い」とベッドに潜り込もうとする。  でも潜り込ませません。 「それだけじゃないんですっ。イスラが喋ったんです! あぶーしか言えなかったのに、私の名前を呼んでくれたんです!」 「それくらい……、なんだと?」  ハウストがむくりっと起き上がりました。  さすがに生まれて三日目で言葉を話しだしたのには驚いたようです。 「これは驚いたな……。さすがに早い」 「はい、誰も教えていないのに言葉を話すなんてすごいです!」  私はそう言って足に抱きつくイスラの頭を撫でました。  イスラはくすぐったそうに肩を竦め、私をじっと見上げる。 「ちがう。ぶえいあが、おちえてくえた」 「え?」 「ぶえいあ、いっぱい、はなちてくえた」 「……もしかして、卵の時ですか?」  こくり、とイスラが頷く。  この瞬間、胸が一杯になりました。苦しいくらい、一杯になりました。 「そうでしたね、たくさん話しましたね」  ハウストから卵を受け取ってから、ずっと肌身離さず持っていました。ずっと話しかけていました。  返事を望んだことはありません。だって相手は卵だったんですから。  でも、ちゃんと聞いていたんですね。 「ぶえいあ、ぶえいあ」 「ふふ、何度も呼ばなくても聞こえてますよ。今から朝食を作ります、お腹すきましたよね?」 「ぶえいあ、おえも!」 「手伝ってくれるんですか? ありがとうございます」  ぶえいあ、と舌足らずに名前を呼んでくれる。  ブレイラですよと訂正はしません。だってイスラの成長は凄まじい速さなんです。  つたない言葉で舌足らずに話す期間はあっという間に過ぎていくでしょう。普通の子どもなら数ヶ月の期間ですが、イスラにはほんのひと時の期間です。  私の中に、それに寄り添いたい気持ちがあったのです。
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