第二章・たとえあなたが魔王でも、 勇者をあなたの望む子どもに育てましょう。

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 その後。金貨を手に入れた私は市場でたくさん食材を買いました。  今まで決して手に入れることができなかった燻製肉や香辛料や野菜、異国の珍しい果物まで購入しました。小麦もたくさん買ったのでパンもたくさん焼いてあげられます。  そして家に帰ると、さっそく土間に立って夕食作りです。  いつもと違った様子をイスラも感じたのか、私の側をうろうろしている。 「ぶえいあ、ごはん?」 「そうですよ。今作ってますから、もう少し待っててください。今夜はきっとびっくりしますよ?」 「びっくり?」 「そう、びっくりです」  買ってきた食材はどれも高級食材で、私にとって初めて調理するものばかりでした。  どんな味なのか、どんな食感なのか、どんな香りなのか、皆目見当もつかない物ばかりです。なかには初めて目にした食材もあります。  でも、私の手は迷うことなく調理を進める。  勘ではありません、知識で作っています。  子どもの時に書庫で読んだ書物の中には料理本もあったのです。改めて読書が趣味で良かったです。  肉の芳ばしい薫りが広がりだし、イスラがソワソワし始める。  無愛想なまま隣に立っているだけですが、イスラが卵の時から一緒にいる私にはちゃんと興奮のソワソワが伝わっていますよ。  その姿に目を細め、調理する手に気合いが入る。  私は知識を総動員してなんとか料理の仕上げまで漕ぎつけました。 「うん、上出来ですね!」  一口味見をし、今まで味わったことがない料理に胸が震えました。  すごいです。世の中にはこんなに美味しい料理があるんですね。 「ぶえいあ、おえも! おえも!」 「はいはい、分かってますよ。ほら、手を洗って椅子に座ってください」  イスラを抱き上げて食卓に座らせます。  窓辺で書物を読んでいたハウストも呼び、食卓のテーブルにさっそく料理を並べました。  今夜は穀物や野菜をふんだんに使ったスープ、焼きたてのライ麦パン、柑橘類で味付けしたラム肉です。しかもデザートに焼き菓子まで作ってみました。 「ぶえいあ、しゅごい……、しゅごいっ」  イスラがテーブルの豪華な料理に目を丸める。ふるふる震えて感動までしています。  初めて目にするものばかりで驚いているんでしょう。 「こえ! こえ、しゅごい!」  これすごい! と料理を指差して声を上げる。  無口タイプのイスラがはしゃぐ姿は珍しく、私の表情も緩んでしまう。  ハウストをちらりと見ると、彼もイスラの喜ぶ姿に目を細めていました。 「見事だな、驚いた」 「ふふ、ありがとうございます。今日はいつもより薬が売れたので奮発しました。お口に合うといいのですが」 「お前が作ったんだ。間違いない」 「あんまり褒めないでください。調子に乗りますよ?」  信頼されていることにくすぐったい気持ちがこみあげました。  彼に褒められると照れてしまいます。 「さあ、いただきましょう。イスラが待ち切れないようです」  食事が始まりました。  私は自分の分を食べながら、おずおずとハウストを見つめます。 「……あの、ハウスト、いかがですか?」  味見したとはいえ初めての食材ばかりでした。  美味しいと分かっていても心配になってしまいます。  ですが、そんな私の不安にハウストは優しく笑いかけてくれる。 「とても美味しい。さすがブレイラだ、お前はなんでも出来るんだな」 「あ、ありがとうございますっ」  頬が熱い。  嬉しさと恥ずかしさで視線を彷徨わせてしまう。  胸が煩いほどドキドキ高鳴りました。でもふと口の周りをソースだらけにしているイスラが視界に入って、ぷっと噴きだしてしまいました。  一生懸命食べている姿に嬉しくなります。 「イスラ、お口の周りにソースがついてますよ?」  布巾で口元を拭ってあげます。  するとイスラはぺたぺたと口周りを触り、きょとんと私を見上げてくる。 「きれい?」 「はい、綺麗になりました。たくさんありますから、ゆっくり食べなさい」  こくり、と頷いてまたイスラは美味しそうに食べ始めました。  その姿に、選択は間違いじゃなかったと思い直す。  今まであった不安や疑心が薄れていく。  仕事を引き受けて良かった。貴族相手に薬を売るのは初めてですが、こうして大金を稼げるなら頑張れます。  今までの私なら高額な謝礼金や代金を支払われても断っていたでしょう。浪費癖もなく贅沢にも興味がないので、自分一人が生活できるだけで充分だったんです。  でも今、私は一人で生活しているわけではありません。  そう、私はもう独りじゃないんです。
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