第三章・あなたが教えてくれました。 私の目に映る世界は色鮮やかで美しいと。

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「わっ、突然どうしたんですか!? 何かあったんです?」 「うぅ……っ」  聞いてみてもイスラは答えない。  しがみついた私の足に顔を埋め、うっうっと嗚咽を漏らしている。  いったいどうしたのかと困ってしまいましたが、ちらりと見えた紫の瞳は悔しさで濡れていました。  見ればイスラの全身は傷だらけです。もしかしたら鍛錬の途中で逃げてきたのかもしれません。 「イスラ」  静かに名を呼び、イスラの頭を優しく撫でる。  すると少しだけ落ち着いたのか、しがみつく力が弱まっていく。  私は膝をついてイスラと目線をあわせました。 「ケガだらけですね。ほら、砂もついたままです」  イスラの頬についていた砂を指で払う。  他にも服についた砂埃を払い、「ほら綺麗になりました」と笑いかける。  でもイスラはまだ拗ねた顔で視線を落としています。  私はイスラの怪我をしている手をとりました。 「手当てしてあげます。私の薬はよく効くんですよ?」  そう話しかけ、売り物だった塗り薬を取りだす。  傷口の汚れを布で清め、丁寧に薬を塗っていく。  薬が沁みるのか時折ぎゅっと目を閉じて耐えています。 「イスラは我慢できて強いですね。さすが勇者です」  手当てを終えて褒めましたが、イスラは拗ねた顔で俯いたままです。  でも、ようやく口を開いてくれる。 「……オレ、つよくない」 「どうしてですか?」 「うまくたたかえない。ハウストに……かてない」 「……それは、また、なるほど」  予想以上の大きな目標に内心驚きました。  鍛錬が上手くいっていないのだろうと予想はしていましたが、まさかそんな大きな目標を持っているとは思いませんでした。さすが勇者ということでしょうか。 「それで途中で鍛錬をやめてきたんですか?」  こくり、とイスラが頷く。 「きっとハウストが心配してますよ? それに鍛錬をしなければ強くなれないんじゃないですか?」  そう言うとイスラはムッとして黙り込む。  どうやら本人も分かっているようです。でも、気持ちが追いつかないのでしょう。この子、無口で大人しそうに見えて結構負けず嫌いなんですね。  イスラがおずおずと私を見つめてきました。 「……ブレイラは、つよいの……すき?」 「はい、私は強いほうが好きです」 「! ……」  あっさり答えた私にイスラが目を丸める。  なんですか、弱くてもいいなんて言うはずないじゃないですか。 「……まったく、なにを驚くんですか。強い方がいいに決まっているでしょう。強ければ他者から攻撃を受けにくくなるし戦えます。自分自身を守ることもできます。イスラ、あなたはそうならなければならないんですよ」 「オレが?」 「はい、あなたは勇者なんです。強くなければなりません。早く強くなって自分の身は自分で守ってください」  イスラは勇者です。人間という弱い種族が精霊族や魔族と対等に渡りあう為に必要不可欠な存在です。  これからイスラは大きくなるにつれて、種族の均衡を保つために多くの思惑や策略に巻き込まれるでしょう。それを退ける為にも力は絶対不可欠なものです。  実際に今、イスラは精霊族に狙われています。ハウストの結界内にいるので人間には勇者が誕生したことを知られていないはずですが、人間にもいずれ知られることでしょう。味方であるはずの人間だって勇者誕生を知れば目の色を変える者も出てくるでしょう。  私の言葉にイスラは難しい顔で何かを考え込んでしまいました。  それをじっと見つめていると、少ししてパッと顔をあげる。
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