第一章・勇者誕生。勇者のママは今日から魔王様と

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「あなたが何者でも卵を渡す気はありません! さっさと帰ってください!」 「そんなこと言わないで頼むよ、な? あんたが持ってても良いことないよ? 絶対良いことないから!」 「あなたにそんなこと言われたくありませんっ。それより、離しなさい!!」 「うわっ!」  ドンッと体当たりし、一瞬の隙をついて逃げだした。  ジェノキスが私の反撃に驚きながらも慌てて追いかけてくる。 「おい待て!」 「待つわけないでしょう!」 「ならこっちも逃がすわけないだろ!」 「絶対捕まってあげません!!」  私は卵を手の平で包み、生い茂る草木を掻き分けて必死に逃げる。  しかしジェノキスに巨木まで追い込まれ、逃げ道を塞がれてしまう。  巨木を背にしてジェノキスを睨みつけました。 「こ、こないでください! あっちへ行ってください!」 「ほんと気が強いな。普通の人間は精霊族や魔族を見たら逃げだしてくれるんだけど」 「だから私も逃げてるんじゃないですか!」 「いやいや、これは逃げるじゃなくて反抗っていうの。でもそろそろ素直に渡してくれない?」 「渡すわけないでしょう!」 「そう言うと思った。でも俺だってこのまま引き下がるわけにはいかないんだよな」  ジェノキスは困りながらも諦めてくれる様子はありません。  なんとか逃げなければと私はまた駆けだしましたが、――――ガッ! 「っ!」  顔のすぐ真横を拳が突き抜けた。  拳が巨木の幹にめり込み、パラパラと欠片が落ちる。 「あ、あなた……」  声が震えた。  明らかに人間ではない力を見せつけられ、全身から血の気が引いていく。  蒼白になる私に、ジェノキスがこの場に似つかわしくない明るい笑みを浮かべる。 「あのさ、悪いけどそろそろ諦めろよ。あんまり手荒な真似はしたくないんだって」  軽い調子で言われましたが、目前に迫るジェノキスからは息が詰まるような威圧感を感じます。  本気ですね。これ以上は冗談ではすまされない。  でも、私だってこのまま引き下がるわけにはいきません。  この卵は、ハウストと私を繋ぐ大切な卵。  これを大切にしていれば、きっとまたハウストに会えると信じています。 「嫌ですっ、何をされても絶対に渡しません!! ――――え?」  声をあげた瞬間、卵が光を放った。  眩しいほどの光にジェノキスが怯み、私から距離を取る。 「卵が、割れる……っ」  卵にヒビが走る。パリパリと殻が割れだし、そこから強烈な光が射す。  とうとう孵化の時を迎えたのです。 「ふぇ、ふぇ、ふええええん!!」  そして赤ん坊の泣き声が響き渡る。  そこにいたのは小さな赤ん坊。  光の中でふわふわ浮かんでいた赤ん坊が、光が弱まるのと同時に落下する。 「わっ、わわっ!」  咄嗟に赤ん坊を受けとめました。  私に抱かれた赤ん坊はぴたりと泣きやみ、大きな瞳をぱちくりさせる。  アメジストのような紫の瞳とぴょこんっと外に跳ねた黒髪。少し無愛想に見えますが、とても綺麗な顔立ちをした赤ん坊でした。 「あ、あなたが卵から生まれたんですか?」 「あぶ」  親指をちゅーちゅー吸いながらじっと私を見つめている。  無垢な瞳に見つめられると、どうにもくすぐったい気持ちになりました。 「まさか、本当に勇者が誕生するなんて……」  ジェノキスが驚愕の顔で私に抱かれている赤ん坊を凝視する。 「この子が、勇者……」  ごくりと息を飲む。  そう、腕の中の赤ん坊は勇者です。  卵から赤ん坊が生まれるなんて信じ難いことですが、勇者は卵から誕生するという伝説は本当だったのでしょう。 「その赤ん坊を渡せ。勇者は人間のものでも、普通の人間の手には負えない」  ジェノキスが低い声で言いました。  今までの明るい調子が嘘のように真剣なそれ。  雰囲気が変わったジェノキスの威圧感に体が竦む。でも、渡したくない。 「嫌です!」  ぎゅっと腕の中の赤ん坊を抱き締めました。  離すまいとする私にジェノキスが苛立つ。 「その赤ん坊は勇者だ。勇者は人間の王、人間の希望だ」 「そ、それがなんだっていうんですっ」 「勇者が生まれたことは俺達精霊族や魔族も無視できない。いやそれだけじゃない、勇者誕生はすぐに人間達も知るところになるはずだ。あんたは勇者を育てることの意味を分かってんのか?」 「っ……」  言葉に詰まってしまう。  黙り込んだ私にジェノキスは困ったような溜息をつく。 「……勇者誕生で状況は変わった。今日は引くけど、また来るから」  ジェノキスはそう言うと踵を返して立ち去っていきました。  姿が見えなくなり、ふっと全身から力が抜ける。  今頃になって体がカタカタと震えだす。  その場に崩れ落ちそうになりましたが、腕の中の温もりに自分を叱咤します。  ぼんやりしている場合じゃない。  だって今、私の腕の中に勇者がいます。  ハウストと私を繋いでいた卵からとうとう勇者が生まれたのです。 「まさか、本当に勇者が生まれるなんて……」 「あぶ~」  赤ん坊の小さな手が私に伸びてきます。  赤ん坊にしては不愛想です。でも「あ、あ」と手を伸ばしてくる様子は、私を求めているようでした。  どうしていいか分からずに笑いかけてみる。困惑混じりのぎこちない笑みになってしまったけれど、こんな下手くそな笑みを向けられても赤ん坊は必死に私を求めてくれる。 「はじめまして、ですね」 「あぶぶ」  握手するように小さな手に触れると、指をぎゅっと握り締められました。  可愛らしい仕種に自然と頬が緩みます。  私は勇者がどういうものかよく分からない。  でも卵から勇者が生まれた今、ハウストに会えるんじゃないかという甘い期待をしたのです。
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