第七章・バカですね。こういう時は「愛している」と言って、私に口付けるものですよ?

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「これ以上はやめてください。ジェノキスも、あなたも」 「なぜ止める。なぜその男を庇う。退け、その男は目障りだ」 「どきません。これ以上は戦わせません」  ジェノキスを庇い続ける私に、ハウストが一瞬傷付いたように目を眇めます。  その目に私の胸が苦しくなりました。  そんな泣きそうな顔をしないでください。そんな迷子の子どものような目をしないでください。 「もう止めてください。見たくないんです」 「だが、そいつを始末しなければ、お前は帰ってこないだろう」  苛々したような、癇癪を起こした子どものような声です。  あなたでもこんな声を出すことがあるんですね。知りませんでした。 「……ブレイラ、教えてほしい。苛々するんだ。どうしてこんなに、俺は……っ」  苛々すると言っている癖に、今にも泣きだしそうな顔をしています。  誰よりも強い力を持っているのに、私を見つめる瞳も、言葉も、まるで縋っているように見えるのです。  私は目を伏せて唇を噛み締める。泣いてしまいそうでした。  彼の言葉に、瞳に、胸が締め付けられる。  諦めたはずの恋心が、彼へと手を伸ばしたがっている。 「……どうか怒らないでください。苛々するのも無しです」  優しく言い聞かせるように言って、ハウストの傷だらけになった拳を両手で包む。  硬い拳ですね。まるで鋼鉄です。この拳の破壊力は怖いくらいでした。  でも今、私の手に包まれた拳はされるがままで、愛おしさがこみあげる。 「あなた、結構武闘派だったんですね。こんなに無茶をする人だなんて知りませんでしたよ?」 「…………」 「もう少し冷静な人だと思っていたんですが」 「……嫌いになったか?」  ハウストが不安気に聞きながら、もう片方の手を私へと伸ばしました。  そっと頬に触れられ、親指が唇をなぞる。  口付けられるのでしょうか。でもハウストは躊躇うように頬を撫でたままです。  いつも強引なのにと不思議に思い、ああ……あなたは……、理由に気付いてため息をつきました。  今、あなたも怖いのですね。私があなたを怖れたように、あなたも私を怖れている。  ……涙が、溢れてきました。  どうしようもなく愛おしくなって、私は泣きながら笑いかける。 「……バカですね。こういう時は、私に愛していると言って、口付けるものですよ?」 「ブレイラ……」  私の答えにハウストがこれ以上ないほど嬉しそうに破顔します。  あなたの目に涙が滲んでいるのは、きっと気の所為ではありませんね。 「ブレイラ、愛してるんだ。心から」  唇が塞がれました。  彼の腕に痛いほど抱き締められて唇を深く重ねられる。僅かな隙間も作らないほど、何度も何度も唇と唇が重なる。 「ハウスト……」  こんなに激しく求められる口付けは初めてでした。  漏れる呼吸すら惜しいとばかりに唇を塞がれて、息苦しさに彼の唇に指をあてる。 「もう、これ以上は……くるし」 「足りない」  そう言ってハウストが私の指に口付け、そのまま手の甲へと唇を寄せられます。  まるで宝物のように大切に扱われて堪らずに彼に抱きつきました。 「うっ、ハウスト……っ。うぅ」  やっと、やっと手に入れたのだと、涙が溢れて止まりませんでした。  もう忘れなければいけないと諦めていた恋心が実を結び、どうしようもない歓喜に胸が震える。想いは届き、願いは叶い、ずっと渇いていた心が満たされていく。 「ハウスト……」  見上げると目が合い、見つめ合ったまま口付けが落とされます。  優しく心地良いそれに表情が緩み、口元が笑みの形に綻んでいく。  こんなに幸せな口付けは初めてでした。 「ひどい怪我です。痛いですか?」  殴り合いをしたせいで顔には青痣や切り傷がある。薄っすらと血が付着して痛そうです。  傷にそっと触れると、その手が掴まれてまた唇が寄せられました。 「汚れるだろ」 「構いません」  私は笑んで傷だらけのハウストを見つめました。  魔王が敵対する精霊界に来ることがどれだけリスクが高いことか分かっています。  でも、それでも彼は来てくれました。 「ハウスト、あなたは私を迎えにきてくれたんですよね。ありがとうございます」 「帰ってきてくれるな?」 「はい」  返事をすると、「良かった……っ」とハウストが力強く私を抱き竦めます。  踵が浮いてしまうほど思いきり抱き締められ、苦しいですよと笑いかけた。 「――――ブレイラ!!」  不意に、イスラの声がしました。  振り向くとずっと探していたイスラが立っています。
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