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「ま、待ってくださいっ。イスラをどこに連れて行くんですか? あなたも行ってしまうんですか!?」
「ああ、イスラを保護しなければならないからな」
「そんな……」
やっと再会できたと思ったのに、呆気ないほど簡単にさよならを告げられました。
立ち去ろうとするハウストに焦ってしまう。
行ってほしくない。ここで別れたら次はいつ会えるか分からない。いえ、きっともう会えないでしょう。だって今までハウストと私を繋いでいた卵は孵化したのだから。
「あの、私、あの……っ」
どうしよう、行ってほしくないです。
引き止めたいのに引き止める理由がない。
「どうした?」
「いえ、その、……帰るんですか?」
「ああ。お前とはこれまでになるが、元気でいてくれ」
そう言ってハウストがなんの未練もなく歩いていく。
縋ってでも引き止めたいのに何も出来ない。
「びええええええええん!!!!」
けたたましい泣き声があがりました。イスラです。
誕生した時以上の大きな泣き声にびっくりしてしまう。
ハウストも突然泣きだしたイスラに驚いて立ち止まりました。
「……さっきまで大人しかったんだが」
泣きわめくイスラにハウストが途方に暮れる。
ハウストに抱かれたイスラが泣きながら私に手を伸ばしていました。
私を求めてくれるイスラに胸が一杯になる。だって、これは私にとって願ってもないこと。
「イスラ、どうしました? お腹が空いたんですか?」
ハウストからイスラを受け取ると声を掛けてあやす。
するとイスラは安心したように泣きやみ、嬉しそうに私の服を掴んでくれました。
そんなイスラの様子にハウストは少し驚いたようですが、諦めたように小さく笑う。
「イスラはブレイラと離れたくないようだ。親だと思っているんだろう」
「わ、私もイスラを大事に思っていますっ。自分の子どものようだと……!」
本当は親の気持ちなんて分からない。自分の子どもという感覚も分からない。
だって私は孤児です。そんなもの分かるはずがありません。
でも今、一縷の望みに縋りました。
だってハウストはイスラを大切に思っている。でもイスラは私を必要としている。ならばこれが引き止める理由になるはずです。
「イスラ、お腹が空いたならミルクを用意しましょう。ミルクを飲んだらお昼寝の時間ですよ?」
優しくあやすようにイスラに話しかける。
イスラは相変わらず無愛想なままですが、「あぶー」と声をあげて私の服を離さない。
その小さな手を優しく手の平で包み、ゆっくりとハウストを振り返る。
「ハウスト、せめてイスラがもう少し大きくなるまで一緒にいてはいけませんか? お願いします」
「しかし……」
「お願いします!」
必死にお願いしました。
イスラが手元にいるかぎりハウストとの繋がりは途絶えない。イスラを絶対手放したくありません。
こんな気持ちで子どもを育てるなんてきっと間違っている。こんな自分勝手な思いに子どもを巻き込むなんて許されることじゃない。分かっています。でも分かっていても、どうしてもハウストとの繋がりを手放すのが嫌でした。
「お願いします、ハウスト」
縋るようにお願いする私にハウストは思案気な顔をする。
しばらく何ごとかを考えていましたが、仕方ないと諦めたように苦笑しました。
「……わかった。だがお前とイスラを二人にしておくことはできない。俺も一緒に住まわせてもらうことになるが、構わないか?」
「も、もちろんです!」
勢いよく頷きました。
望んでいた以上の提案までされて思わずイスラを抱く手に力がこもる。
こんな夢みたいなことがあるでしょうか。
「では、しばらくイスラとともに世話になる」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
どうしよう。嘘みたいです。夢みたいです。
だって、これからハウストとイスラと私、三人の生活が始まるんです。
まさかこんな夢みたいなことが現実になるなんて信じられません。
顔を上げると優しい面差しをしたハウストと目が合いました。
顔が熱くなって、どうにもくすぐったい気持ちが込み上げる。
私、知っています。本で読んだことがあります。
これは恋っていうんですよね。私は彼に恋をしている。
この想いが実を結んだらどれだけ幸せでしょう。
私がハウストを想うように、いつかハウストも想ってくれればいいのに。そうなってほしい。そうなればいい。
恋なんて初めてで、それを叶える為にどうすればいいのかよく分かりません。
でもハウストが望むことを叶えていけば、きっといつか私の想いが届くかもしれない。
恋とは不思議なものですね。
何でも出来そうな気持ちになります。
自分の中にこんな熱く胸が滾るような激情があるなんて知りませんでした。
「あー、あー」
「どうしました? おしっこですか?」
抱っこしているイスラに笑い掛けました。
ハウストの為にまずこの赤ん坊を立派に育てましょう。そう、ハウストの望む子どもになるように。
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