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第二章・たとえあなたが魔王でも、 勇者をあなたの望む子どもに育てましょう。
ハウストと生まれたばかりのイスラ、そして私の三人で生活することになりました。
まずハウストが最初にしたことは、誕生したばかりのイスラを守る為に外部からの脅威を遮断することでした。
ハウストから不思議な力が放たれ、私の家の山小屋が眩い光に包まれる。光は直ぐに消えましたが、これで外部から小屋が見えなくなったそうです。
「やはりあなたは普通の人間ではなかったんですね」
勘のようなものでした。
ハウストの魔的な魅力が人間のものではないと気付いていました。
問いかけた私にハウストは正直に答えてくれる。
彼は人間ではなく魔族。しかも魔族を統べる魔王でした。
「怖いか?」
「いいえ、初めて会った時からあなたを怖いと思ったことはありません」
当然じゃないですかと答えると、ハウストが優しく目を細めます。
「上出来だ。それでこそ勇者の母親となるに相応しい」
「……母親ってなんですか。私は男ですよ?」
「お前が誕生させたんだから母親のようなものだろう。イスラもよく懐いている」
「だからって……、もういいです。それより、どうして魔王のあなたが勇者を大事にするんですか? ……その、文献や伝記には魔王と勇者は対立していると書いてありましたが」
この世界には人間、魔族、精霊族の三つの種族がいる。魔族や精霊族と違って力をもたない人間は二つの種族を怖れます。でも、そんな人間の中で二つの種族に対抗できる唯一の存在が勇者なのです。
人間でありながら女性の腹からではなく卵から誕生する勇者は不可思議な存在ですが、人間にとっての希望そのもの。魔王や精霊王に対抗する人間の王でした。
でもだからこそ、魔王であるハウストが勇者イスラを大切にすることが不思議です。
「この世界には人間と魔族以外にも精霊族がいる。そういうことだ」
「……ああ、そういうことですか。なるほど」
理由は単純明快でした。力関係の駆け引き、とでもいうのでしょうか。
魔族にとって勇者や精霊族が脅威なように、精霊族にとっても勇者と魔族は脅威。そして人間にとっても。
しかも魔族と精霊族は決して友好関係にあるわけじゃない。現在、この二つの種族が対立関係にあることは人間にも知られています。
魔王が精霊王に対抗する為に勇者を保護しても不自然じゃない。それは精霊王も同じことを考えてもおかしくないということです。
納得した私にハウストは笑みを浮かべる。
「やはり十年前に思ったとおりだ。お前は美しく聡明で、賢い大人になった」
「ほ、褒めすぎです」
顔を熱くする私にハウストは笑みを深める。
「本当のことだ。子どもの時のお前も愛らしかったが、今は夜空の月のように美しく思う。琥珀の髪も瞳も白磁のような肌も、俺が今まで目にした人間の中で最も美しい」
「ハウスト、あまり恥ずかしいこと言わないでください……」
照れてしまいます、と唇を噛む。
顔が火照ってしまう。きっと今の私はみっともない顔をしている。
熱くなる頬を隠すように俯くと、伏せた目元をそっと指でなぞられます。
長い睫毛が影を作り、その形を確かめるようにハウストが触れました。
他人からこんなふうに触れられるのは初めてで、馬鹿みたいに心臓がドキドキしています。
私の頬に触れるハウストの指を視線で追い、おずおずと彼を見上げる。思いがけないほど近い距離にいて呼吸を忘れそう。
「し、しし食事っ、今から食事の支度をしますね!」
そう言ってパッとハウストから離れ、台所として使っている小さな土間に立った。
慌てて逃げた私に背後の彼が喉奥で笑っている。もしかしてからかわれたのでしょうか。
思わずムッとしましたが、でも同じくらい構われたことが嬉しい。こんな馬鹿な気持ちも初めてで、これが恋かと思うと口元が綻んでしまう。
「あぶぶー!」
ふと、今までベッドで寝ていたイスラが声をあげました。
私を見ながら手足をばたつかせています。
「ああ、抱っこしてほしいんですね」
「あぶ」
抱き上げるとイスラは安心したようにちゅーちゅーと指を吸いだす。
その姿は可愛らしいものですが、今から食事の支度をしなければなりません。
「ハウスト、食事ができるまでお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。イスラをこっちへ」
「はい」
イスラを渡してまた土間へ戻ろうとする。
しかし、くいっと小さな手に服が掴まれました。イスラです。
「どうしました?」
「ぶー」
「ぶー、じゃありません。ほら、離してくれないとご飯が作れませんから」
説得してもイスラが離してくれません。
それにしても生まれたばかりだというのに人間離れしている。さすが勇者ということでしょうか。
このイスラとのやり取りを見守っていたハウストがおかしそうに笑った。
「きっとイスラはお前がどこかに行ってしまうんじゃないかと不安なんだろう。イスラ、心配しなくてもブレイラはどこにも行かない。お前の側にいるぞ?」
ハウストがそう言うとイスラが大きな瞳をぱちくりさせる。
そしてハウストと私をじっと見つめたかと思うと、安心したのかようやく服を離してくれました。
なんだか照れ臭いような、むずむずとくすぐったい気持ちが込みあげます。
「大丈夫ですから、いい子にしててくださいね」
そう言ってイスラに笑いかけ、いい子いい子と頭を優しく撫でてあげました。
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