第八章・私の全部をあなたにあげます。きっとこの為に私はあなたの親になったのでしょう。

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「気分はどうだ? 痛かったり苦しかったりするところはないか?」 「ありがとうございます。おかげでだいぶ落ち着きました」  私は隣でずっと手を握ってくれているハウストに笑いかけます。  今、私たちは塔にある応接間に集まっていました。  広間に先代魔王を閉じ込めた後、ここにいる魔王ハウストと精霊王フェルベオの指揮の下、魔界と精霊界から精鋭が集結して対応にあたっているのです。  私は神の器として力を注がれ、脱力感と倦怠感に襲われて酷い不調状態にあります。ハウストが手を握って体内の力をコントロールしてくれて少しだけ楽な状態になりました。  でもハウストは心配してくれたままで、ソファで休んでいる私に寄り添ってずっと優しく手を握ってくれています。 「そんなに心配しなくても、もう大丈夫ですよ。あなたのおかげで楽になりました」 「……大丈夫なわけないだろう。これは気休めに過ぎないんだ」  ハウストはそう言って私の手を両手で包み、そっと唇を寄せてくれる。  まるで宝物のように扱ってくれます。照れ臭さに目を伏せると、今度は目元に優しい口付けを落とされました。 「すまなかった。もっと早く見つけていれば」 「いいえ、あなたが謝ることではありません。あなたは来てくれたじゃないですか、ありがとうございます」  そう言って私も彼の頬にお礼の口付けをし、もう一度大丈夫ですよと笑いかけました。  でも私がどれだけ強がっても神の力との融合は少しずつ進んでいるのです。神の器に徐々に近づいていて、このままでは本当に道具になってしまう。  そう、現状は絶望的です。それは私だけでなく、世界そのものが。  広間に先代魔王を閉じ込めたとはいえ、それは一時的でしかありません。  今は精霊界と魔界から魔力の強い者達が集まり、広間の呪縛魔法を強化しています。しかしそれも一時間も持ち堪えられないというのが現実でした。  一時間もすれば呪縛魔法が破られて先代魔王が自由を手にする。そうなれば三界は先代魔王に全てを支配される暗黒時代を迎えることになるでしょう。  今ここには魔王と精霊王、他にもジェノキスやフェリクトールなど三界でも屈指の魔力と実力を持った強者達が揃っている。しかしその強者達が協力したとしても先代魔王の力には及ばないのです。  ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!  低い地鳴りが響き、塔が振動しました。  ハウストが覆い被さるように頭を抱き寄せてくれます。  先代魔王を広間に閉じ込めていても、凄まじい魔力が漏れて断続的に地鳴りが起こっていました。  地鳴りはすぐに収まりますが、それでも徐々に時間が長くなって頻度も上がってきています。 「大丈夫か?」 「はい。ありがとうございます」  地鳴りが収まって彼に礼を言うと、膝枕しているイスラを見つめます。  良かった。イスラも無事です。 「イスラ……」  その名を小さく呟き、膝枕しているイスラの頭を優しく撫でました。  先代魔王に勇者の力を奪われてからイスラはずっと気を失ったままです。  命に別状はないとはいえイスラに降りかかる苦難に胸が痛い。たとえ勇者だろうがイスラはまだ子どもです。  しかも今のイスラは勇者の力を奪われ、普通の子どもになったのです。もう人間の王ではありません。 「イスラ、可哀想に。怖かったでしょうね」  イスラの目元にかかる前髪を払い、露わになった額をくすぐるように指先で撫でてあげます。  初めて額に口付けた夜のことを昨日のように覚えています。私がイスラの親になろうと決意した日です。  勇者の力は奪われましたが、命まで奪われていない。それだけで充分でした。私はイスラが勇者だから親になったのではありません。イスラだから親になったのです。
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