第八章・私の全部をあなたにあげます。きっとこの為に私はあなたの親になったのでしょう。

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「……私は精霊族の力がどういったものか分かりません。でも、三つの力があることは分かります」 「充分です、ありがとう。僕におばば様へご挨拶させて頂きたい」  そう言って手を差し出され、躊躇いながらも手を乗せる。  すると手の甲にそっと唇が寄せられました。 「おばば様、さぞかし無念でしたでしょう。必ずや僕が精霊王として、おばば様の無念と精霊族の屈辱を晴らしてみせます。この困難が僕の世代で終わりますよう、どうぞ見守っていてください」  フェルベオは誓うように言葉を紡ぐと、最後にもう一度手の甲に口付けてすっくと立ちました。 「ありがとう。母君のおかげで最後のご挨拶ができました。僕は物心つかぬ時に両親を亡くし、大事に育ててくれたおばば様をこのような形で失い、未熟な身でありながら精霊王となりました。先代魔王に乗っ取られた落ち度はありましたが、こうして先代にご挨拶できた今、これでようやく正式な精霊王になれた気がします」 「そうですか。あなたは立派な精霊王様ですね」 「勿体ない言葉です」  幼くとも王。それが現精霊王でした。  そのフェルベオが慕う先代精霊王はきっと素晴らしい方だったのでしょう。  高潔な少年王の姿に、それだけでなんだか圧倒されてしまいます。  こうして本来の落ち着きを取り戻した精霊王にジェノキスがほっとすると、フェリクトールに今後のことを相談します。年の功ではありませんが、この中で最も知恵者といえるのは魔界の宰相フェリクトールなのです。 「魔界の宰相もなにか良い案ないのかよ。このままじゃここにいる全員間違いなく皆殺しにされるぜ? それはあんたも困るだろ」 「…………ないわけではない」 「本当か!? なんでそれを早く言わないんだよ!」  予想外の返事に、ジェノキスだけでなく応接間にいた者達の表情が変わりました。 「……そんなに喜ばないでくれ。これはあくまで予測で、言い伝えの域を出ないものだ」  フェリクトールはそう言うと、ふと私を、いえ、私の膝枕で気を失っているイスラを見たのです。  何とも言えぬ複雑な感情を宿した面差しに嫌な予感がしました。  心臓がどくどくと嫌な鼓動を打つ。無意識にイスラを守るように抱きしめる。  こうしたフェリクトールの複雑な面差しと私の反応に、ここにいる皆が思い出してしまう。  古来より、魔王は勇者が倒すものだと。  遠い昔から悪しき魔王を討伐するのは、どの時代も人間の王である勇者だと。 「だ、だだ、だめですっ。イスラはもう勇者じゃありませんっ! イスラは何も出来ません!」  声を荒げてイスラを抱きしめました。  行かせたくない。イスラを先代魔王と戦わせたくない。  そもそもイスラは勇者の力を奪われて普通の子どもになったんです。そのイスラが勇者として先代魔王と戦うなんておかしな話です。 「たしかに今のイスラに勇者の力はないが、勇者として生まれてきたことに変わりはない」 「で、でも力が無いなら勇者ではありません!」  頑なな私の態度に、部屋が重苦しくなった気がしました。  皆が私に同情しています。フェリクトールもフェルベオもジェノキスも、伝令や護衛として部屋にいる魔族や精霊族の高官達も皆が同情してくれている。でも、その同情の奥底に『世界の為に子どもを手放してくれ』という願いが見え隠れしているのです。  可哀想にという優しい同情と、さあ早く世界の為に子どもを手放せという願い、それが私に襲いかかる。  そして、私の腕の中でイスラが目を覚ましてしまう。 「……ブレイラ」  瞼を擦りながら目覚めた姿に泣きたくなる。皆が理不尽な期待をする中で、まるでいつもと変わらない朝です。
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