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「ま、待ってくださいっ。あなた、なにをっ」
「お前がイスラにしたことだ」
ハウストは私の手を握ったまま淡々と答えました。
でもその意味に私の全身から血の気が引いていく。
「だ、だめですっ。それだけは、だめっ。あなたが死んでしまう……!」
私のかわりにハウストが死んでしまうなんて許されることではありません。
なんとかハウストの手を振り解こうとしましたが、ハウストは私の手を強く握って離さない。
「ハウストっ……、なんで、こんな……っ」
こんなこと私は望んでいません。
きっとここにいる誰も望んでいません。あなたがいなくなったら魔界はどうなるんですか。賢帝とか呼ばれている癖に無責任です。
「仕方ないだろう。愛してるんだ」
「っ……」
唇を噛みしめました。
視界が涙で滲み、彼の顔がよく見えない。
「愛してるんだ。足りないなら何度でも言おう」
「う、うれしいです。……うれしい、ハウスト。……私も、愛しています」
涙が溢れて止まりません。
嬉しくて、嬉しくて次から次へとぽろぽろ溢れてくる。
だからもう手を離してください。もう充分です。
ハウストを私から遠ざけてほしいと、フェリクトールとジェノキスに目を向ける。彼らなら冷静にハウストを生かす判断をしている筈です。
しかし目が合ったのに二人はそこから一歩も動きませんでした。
焦った私はそれならばとフェルベオを探しましたが、突然、手を握られました。
フェルベオです。フェルベオがハウストと逆の手を握ったのです。
意味が分からず呆然とした私に、フェルベオは凛として答えます。
「心配するな。魔王は死なない」
フェルベオが真っ直ぐな面差しで言葉を続けます。
「もちろん母君もだ。こんな理由で魔王が死んだとなれば、ずっと宿敵をしていた僕たち精霊族の名折れになる!」
フェルベオは精霊族の名誉の為と、握った手から力を流し込んできました。
私は更に混乱してしまう。
魔王ハウストだけでなく、精霊王フェルベオまで命の危機に晒すわけにはいきません。
やめるようにと懇願しようとして、フェルベオが呆れた顔をしていることに気付きます。
「三界の王を舐めるな。ここに王を冠する者が二人いるんだぞ。二人掛かりで力を送って母君を救えないはずがない。もちろん僕も魔王も死ぬはずがない」
嘘みたいな奇跡に胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
ほんとうですか? とハウストに視線を送ると、彼は穏やかな顔で頷いてくれました。
「ああ、大丈夫だ。お前の憂いは払われた。これからもずっと一緒だ」
「ハウストっ……」
ハウストとフェルベオの手をぎゅっと握りしめました。
死にたくないです。私は生きたい。
だってもう独りではありません。
イスラの側から離れないと約束したし、ハウストとこれからもずっと一緒にいたいです。
私は小さく微笑んで、三界の王である魔王と精霊王にお願いする。
「私は、死にたくありません……。だから、私を、助けてくださいっ」
「当たり前だ」
「もちろんだ母君。これをおばば様に会わせてくれた礼としよう」
「ありがとうございます」
生きたいと縋った私に、二人から膨大な生命力が注ぎこまれる。
膨大なそれが激流となって私の体に流れ込み、生命力を満たしていきました。
そして少しして巨大な地鳴りが響き、眩いほどの光柱が精霊界に幾つも立ち上がる。それはイスラに与えた神の力。
地上から伸びた光柱は空を突き抜けて天高く伸びていく。その中の一つが塔全体を飲み込むほど大きくなって、空から神の力の破片が金粉となってひらひら舞い落ちてきました。
大地を揺るがしていた地鳴りが収まり、静寂が戻ってくる。
「…………終わったようだな」
「ああ、先代魔王の気配が完全に消滅した」
ハウストとフェルベオの会話に私は唇を噛みしめました。
イスラは勇者の役目を果たしたのだと、歓喜が溢れてくる。
先代魔王の気配が消滅し、しばらくして応接間の扉がバタンッ! と勢いよく開きました。
「ブレイラ!」
それはイスラの声でした。
イスラは私を見つけるとぴゅーっと走ってきて、「ただいま!」とぎゅっと抱きついてきました。
甘えてくる姿はどこから見ても普通の子どもです。
イスラが勇者だろうが、普通の子どもだろうが、私の息子。
「おかえりなさい」
私はイスラを抱きしめて額におかえりの口付けを送りました。
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