第一話 深雪とロボ①

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第一話 深雪とロボ①

 雨宮深雪は《ウロボロス》の拠点、《ピアパルク》を目指して足早に歩いていた。  パーカーのフードを目深に被り、できるだけ目立たないように人通りの多い往来を進んでいく。  本当はもっと閑散(かんさん)とした裏道を選びたかったが、《ピアパルク》への最短距離を進むならこうするしかない。それほど急いでいたのだ。  《ピアパルク》は元はカラオケ店だったものの既に廃業しており、今は看板がかかっているだけとなっている。オーナーは《ウロボロス》の(ヘッド)である御子柴翔陽(みこしばしょうよう)だ。  彼の父親は多数の物件を所有している不動産屋であり、《ピアパルク》の入っている六階建て雑居ビルもその一つだ。地下一階と地下二階という利便性に欠ける場所のせいか、カラオケ店が廃業したあとも新しいテナントが入ることなく、そのまま《ウロボロス》の拠点として使われるようになった。  《ピアパルク》は地下一階にある扉を入ってすぐのエントランスが広々とした多目的スペースになっており、演劇や映画の鑑賞、小規模のライブやダンス教室なども開くことができる。《ウロボロス》の拠点となってからは、そこにテーブルやソファ、冷蔵庫などが運び込まれ、ちょっとしたファミレスのような空間と化していた。だから集まるのにはちょうど良かったのだ。  ともかくチーム内の血の気の多い武闘派が《ピアパルク》の地下一階エントランスに集結して息巻いているらしい―――《ウロボロス》の仲間からSNSで知らされた深雪は大慌てで家を飛び出し、《ピアパルク》へと向かった。武闘派たちの暴走を食い止めるために。    武闘派の中心となっているのは新庄克美(しんじょうかつみ)というメンバーで、年齢は深雪の四つ上。《ウロボロス》での序列は深雪に次いで四番目―――つまり№4だ。  新庄は半年ほど前に《ウロボロス》に入ってから、瞬く間に他のメンバーを押しのけて頭角を現してきた。それだけに功名心が強く、隙あらば№3である深雪を蹴落としてやろうと躍起(やっき)になっている。手柄に飢えていて、些細な揉め事もすぐに大騒動にしてしまうのだ。  今回のことも、まず間違いなく新庄が原因だ。 (新庄さん……早まったことしてなきゃいいけど……!)  最近、《ウロボロス》はとあるチームと衝突を繰り返していた。そのチームは《バフォメット》という悪魔の名を冠している通り、かなり攻撃的なチームで、おまけに悪質な方法で相手を貶めることもしばしばだった。幾多のチームが彼らに手を焼かされており、中でも《ウロボロス》は最も多くの被害を受けていた。  だが、《ウロボロス》側にも非はある。古参メンバーの多くは争いなど望んではいなかったが、新庄を中心とした新参メンバーは抗争が起きてほしいらしく、わざと《バフォメット》と事を荒立てていた節があったからだ。  深雪のような古参メンバーがどうにか好戦的な新参メンバーを抑えていたが、それもいつまでもつか分からない。 ((ヘッド)の翔陽は悪い奴じゃないけど、こういう時は頼りないっていうか……(いさか)いの仲介とか面倒臭がって放置してしまうから、新庄さんたちはますます増長してしまう。……そもそも最近の《ウロボロス》は急激にメンバーが増えすぎなんだ! 俺ですらメンバー全員の名前を把握しきれてない! 『来る者、拒まず』がウチのチームの方針だけど、それも考え直す時が来ているのかもしれないな……)  こういう時こそ本来はチームメンバーの一人一人と丁寧にコミュニケーションを取っていくべきだし、もちろん深雪もできる限りそうしている。だが、新規メンバーの流入してくるスピードがあまりにも早すぎて間に合っていないのだ。  相手が腹の内で何を考えているのか、どういった人物なのか把握しきらないうちに次から次へと新たなメンバーが入ってきて、あっという間にチーム内の人間関係や勢力図、パワーバランスが変わってしまう。それでも(ヘッド)の翔陽は《ウロボロス》にやってきた全員を受け入れてしまうのだ。  もともと翔陽はイベントの運営などを手掛けていたらしく、陽気でお祭り騒ぎが大好きだ。その明るい性格はみなにも慕われているのだが、問題や面倒事が起こるとそれを丸投げしてしまうという悪癖があり、深雪たち古参メンバーはいつもその後始末に追われていた。  場を盛り上げるのが上手で、誰とでも仲良くなれる一方、お調子者で優柔不断。厳しさや冷徹さが必要な判断を下すのは苦手な性分だった。  正直なところ、あまりリーダーには向いているとは思えない。かえすがえすも悪い奴ではないのだが。  チーム名が《ウロボロス》に決まった時もそうだった。誰ともなく「強くてカッコイイ名前がいいよね」と言い出し、その場の雰囲気で何となく翔陽が決めてしまった。深雪はもっと穏便な名前のほうが良いと最後まで主張したが、翔陽の答えは「別にいいんじゃね? 深雪はいろいろ気にしすぎっしょ!」だった。  それが新庄のような好戦的な連中を引き寄せ、《バフォメット》といった凶悪なチームに睨まれる原因にもなってしまうのだが、翔陽には未だにその自覚がない。  おまけに激変しているのは《ウロボロス》だけではなかった。当時は東京に集まるゴーストの数そのものが急増していた。閉鎖的な村気質の残る地方では、ゴーストだと知られた瞬間に住処を追われてしまう。都市部以外には行き場などないに等しく、上京してくるゴーストは増加の一途をたどっていた。  その結果、新しいチームが雨後の筍のように乱立し、他のチームも《ウロボロス》と似たり寄ったりの問題を抱えていたのだ。  ゴーストだけの力で何とかなる限界はとうに越えていたが、一般の人々のゴーストに対する拒否反応は凄まじく、誰ひとりとして関わりたがらない。    警察も積極的には介入したがらないため、ゴースト同士が抗争を起こしても誰も止める者がいない。その結果、ひとたびチームが衝突すれば取り返しのつかない大惨事に発展することもしばしばだった。 (とにかく《バフォメット》との抗争なんて馬鹿げたことは絶対にやめさせないと! 俺たちは社会からはみ出したガキじゃない。アニムスを持ったゴーストなんだ! たかが子どもの喧嘩でも本気でぶつかり合えばとんでもない数の負傷者が出るし、最悪、死者まで出かねない!!)  その喧嘩に一般人を巻き込みでもしたら、それがほんの些細な怪我だったとしても大騒ぎになってしまう。ゴースト全体がマスコミや世間から袋叩きだ。そんなことになれば、ただでさえ世間の風当たりが強い中、ゴーストたちはますます社会から居場所を失ってしまう。  まさに負の連鎖だ。それだけは何としてでも止めなければ。  《ピアパルク》が入っている六階建て雑居ビルに到着すると、深雪は地下への階段を駆け下りる。重厚なスチール製の扉に手をかけると、まさに新庄とその仲間たちが決起集会を開いているところだった。扉の向こうから「うおっしゃー!」「ぶちのめしてやろうぜ!」という威勢のいい掛け声が聞こえてくる。  深雪はそれを苦々しく思いながら、エントランスの扉を勢いよく開いた。すると想像通り、エントランスには新庄とその仲間たちが集まっていた。  その場にいるのは全部で四十人ほどだろうか。みな揃えたように尖ったストリートファッションに身を包み、どこかな興奮した視線が深雪へと集まる。  深雪は肩を上下させながら、気合を入れて新庄を睨み返す。少しでも怯んだところを悟られたら、その時点で負けだ。 「……今日はずいぶん早いんですね。いつもは昼過ぎじゃないと出て来ないのに。こんなに集まって何をやっているんですか、新庄さん?」  できるだけ声音を抑え、冷静になれと言い聞かせながら深雪は尋ねる。ところが新庄は露骨に気分を害したような顔で、その問いを一蹴するのだった。 「何だよ、雨宮くんには関係ないだろ」 「SNSで回ってきましたよ。新庄さんたちが『《バフォメット》の連中を潰す』って息巻いてるって。まさか本当に抗争するつもりじゃないですよね?」 「だったら何だよ? 《バフォメット》の奴らはメンバーが増えて調子に乗ってやがんだ! この間も集団でガンつけてきやがった! 数で勝ってるからと踏ん反り返ってやがるんだ連中は! 今シメないで、いつシメんだよ?」  新庄は語気を荒げた。もともと甲高い声をしているが、怒鳴ると余計にキンキン響く。その声に煽られて他のメンバーも次々に叫ぶ。 「そうだぜ、このままナメられてたまるか!」 「まじブチのめしてやるぜ!!」 「俺ら《ウロボロス》の意地とプライドを見せつけてやろうぜ! なあ、みんな!!」    つまり新庄たちは《バフォメット》から危害を加えられたとか利益を損なったとか、何か具体的な実害があるわけでもなく、ただ「気に食わない」という馬鹿げた理由だけで抗争を起こそうとしているのだ。   
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