第五話 《収管庁》への直訴

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第五話 《収管庁》への直訴

 深雪がこれからの予定を六道と細かく確認してから通信を切ったところで、後ろから声をかけられた。 「深雪、これかラ《収管庁》へ行くのカ?」 「神狼(シェンラン)、聞いていたのか」 「立ち聞きするつもりハ無かったガ、後ろかラ近づいたラ聞こえてしまっテ……。《収管庁》へ向かうなラ、俺も同行させてくれないカ?」 「神狼も一緒に……!?」  それはマズいのではないか。深雪は思わず返答に(きゅう)してしまう。 (九曜長官はゴーストをひどく嫌っている。俺でさえあれほど挑発や侮辱を受けたのに、俺より年下の神狼に手加減なんてするはずがない。《収管庁》に神狼を連れて行ったらトラブルの予感しかしないぞ……!!)  おそらく神狼はこれまで《収管庁》に足を運んだことが無いのではないか。そう考えると深雪は余計に不安が募るのだった。  《収管庁》のスタンスを考えれば、紅家がどれだけ苦しんでいたとしても、彼らが快く対応するとは思えない。彼らの冷淡な対応を目の当たりにした神狼が怒りを覚えずにいられるだろうか。答えは否だ。神狼は《収管庁》に失望し、不信感を抱いてしまうかもしれない。 「いや……《収管庁》ってちょっと独特な雰囲気があるし、やめておいたほうが……」  深雪はやんわりと伝えてみたものの、神狼は思いのほか食い下がる。 「頼ム! 紅家のみんなのためニ、俺も何かしたいんダ! たダ……俺が何かすることハ、彼らも望んでいないと思ウ。暗殺や諜報活動以外デ自分に何ができるのかモ分からナイ。それでモ……とてもじゃないガ、じっとしていられないんダ!!」 「神狼……」   深雪は神狼の熱意に胸を打たれた。 (神狼は神狼なりに、いろいろと考えているのかもしれない。確かに所長や流星もいない中で九曜長官と対面するのは危険(リスク)があるけど、それでも紅家のために何かしたいっていう神狼を支えるのが仲間だ。神狼は命の危険を冒してでも俺を守ってくれたんだから)  神狼の同行にはリスクがあるものの、リスクにばかり気を取られていたら何もできないし、リスク回避が最良の判断とも限らない。深雪は決意を固める。 「……分かった。それなら一緒に行こう」 「……! 謝謝!」 「その前にひとつだけ約束をしてくれ。何があっても《収管庁》の人たちには絶対に手を出さないと」 「……。どういう事ダ?」 「九曜長官は何て言うか……とても難しい人なんだ。そう簡単には交渉させてくれないだろうし、はっきり言って話が難航する可能性が高い」  すると案の定、神狼は眉を吊り上げ、声を荒げた。 「紅家のみんなガ、あんなに困っているのにカ!? それとモ……俺たちが中国人だからカ!」 「それは関係ないよ。俺も所長もすごく疎まれてるし、彼女はたぶん……ゴーストが嫌いなんだ。俺たちが『普通の人間じゃない』ってことが問題なんだと思う」 「くそ! 本当にそんな奴ニ頼るしかないのカ!?」 「今のところそれしか方法が無い。一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない相手だけど、俺が必ず紅家への援助を取りつける。だから神狼は何があっても俺を信じて見守って欲しいんだ。もしかしたら(はらわた)が煮えくり返るような侮辱(ぶじょく)を受けるかもしれないけど、絶対に耐えてくれ……俺も一緒に耐えるから」 「深雪……」  完全に納得したわけではないようだが、深雪が熱心に訴えるので、とりあえずは不満を呑み込むことにしたらしい。神狼は大きく息を吐くと、小さく頷きを返す。 「……分かっタ。深雪ニ任せることにすル」  それから深雪と神狼はともにスーツに着替え、《関東収容区管理庁》―――旧都庁へ向かった。  《収管庁》の職員たちは相変わらず冷ややかな視線を向けてくる。深雪は以前、六道や流星とともに《死刑執行人(リーパー)》として《収管庁》を訪れたことがあるから、完全に顔を覚えられているようだ。  中には露骨に避けたり、舌打ちする者までいる。それに気づいた神狼は不愉快そうに眉をひそめたものの、あからさまな不快感を態度に出すことは無い。深雪と交わした約束を守っているのだろう。 「何なんだこいつラ……ストリートのゴロツキじゃあるまいシ。いくらゴーストを嫌っているとはいエ、態度が悪すぎるゾ!」  神狼は小声で吐き捨てた。確かに《収管庁》の職員の態度は、《ストリート・ダスト》が《死刑執行人(リーパー)》を嫌う以上のものがある。深雪も小声で応じる。 「気にしたら負けだよ。どうせ手は出してこないんだから、俺たちも適当に無視しておけばいい」 「ふん……忌々しい奴らメ! 深雪ハよく耐えられるナ?」 「こういうのは慣れてるから。……あの人たちも本当は怖いんだ。彼らは人間で、俺たちはアニムスを持ったゴーストだから」  こうしていると二十年前を思い出す。あの頃はまだ《関東大外殻》が無く、東京も《監獄都市》ではなかった。人とゴーストが当たり前のように混在しており、軋轢(あつれき)摩擦(まさつ)は当たり前だった。ゴーストは増えつつあるとはいえ、アニムスを持たない普通の人間のほうが圧倒的に多数なため、少数派である深雪たちはゴーストだと露見しないよう息を潜めて生活したものだ。  一方、神狼は東京が《監獄都市》になってから生まれた世代であり、大多数がゴーストという環境が当たり前なのだろう。だからゴースト同士の争いには慣れていても、アニムスを持たない人間との不和には馴染みがないのかもしれない。  六道が事前に根回ししてくれていたおかげで、《収管庁》長官である九曜計都(くようけいと)にすぐ面会できることになった。神狼とともにエレベーターに乗り込み、長官室の前へ向かうと、一か月ほど前に行われた《四者会談》の際にも見かけた秘書らしき人物が長官室の扉を開け、深雪たちを中へと案内する。  室内の最奥に重厚な執務机と立派な革椅子があり、そこに座った九曜計都が深雪と神狼を待ち構えていた。ネイビーのパンツスーツに身を包み、まったく隙がない。少なくとも五十歳は過ぎているはずだが、年齢を感じさせないほど覇気に満ちている。 「やれやれ……子どもが二人、まるで社会科見学のようだな。《死神》はおろか《赤髪》も姿を見せないとは……東雲の《死刑執行人(リーパー)》もいよいよ人材不足が深刻と見える」  ざらりとした威圧感のある声音。相手を心底、見下したような侮蔑に満ちた口調。九曜計都は初めて面会した時と同じく、深雪たちゴーストへの嫌悪を隠そうともしない。  挑発的な相手のペースに乗ってしまったら負けだ。深雪は一歩、歩み出ると頭を下げ、努めて冷静に口を開く。 「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます、九曜長官」 「御託(ごたく)はいい。さっさと本題に入りたまえ。こちらは君たちと違って暇ではないのでね」  あまりにも素っ気ない返事だが、深雪もそれならと遠慮なく用件を切り出すことにした。《東京中華街》で過酷な弾圧を受け、《中立地帯》に二千人近くの人々が逃れてきたこと。ところが逃れてきた紅家の家人が現在、北新宿で過酷な生活を強いられていること。住居はもちろん衣料や食料、医療品など、あらゆる物資が不足していること。 「……すでに所長から聞き及んでいらっしゃるかと思いますが、このままでは紅家の家人、二千人近くが生命の危機に瀕することになります。今はまだ彼らも慣れない土地で大人しく耐え忍んでいますが、窮するほど食糧や物資を求め、《中立地帯》を彷徨うことになります。千人もの追い詰められたゴーストが……です。そうなったら紅家の人々と《中立地帯》の人々の衝突は必至……いくら俺たち《死刑執行人(リーパー)》でもその混乱を食い止めることはできません。最悪、《東京中華街》のような大規模な暴動に発展しかねません……!」 「……」 「だから長官の権限で紅家の人々を救っていただきたいんです! それが最終的には《中立地帯》を守ることにも繋がるのですから!」  身を乗り出して訴える深雪だったが、その意気込みに反して九曜計都の反応は鈍く、冷淡だった。 「そう言われてもな。この《監獄都市》に搬入できる物資の量は、中央の西京新都(さいきょうしんと)で厳格に定められているのだがね」
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