第六話 本間さん

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第六話 本間さん

「何なんダ、あいツ! 本当にあれガ《監獄都市》を管理している長官なのカ!? 紅家の援助ヲ明らかに渋っていたシ、目障りになれバ《リスト執行》すればいいとすラ言っていたゾ!! 本当に信用できるのカ!?」  廊下に出るや否や、神狼(シェンラン)は溜め込んでいた不満を爆発させた。 「神狼の怒りももっともだよ。俺もはっきり言って、あの人は苦手だ。何故、あんな非常識なことを口にする政治家が、我が物顔でのさばっているのか分からない。《収管庁》長官のポストは閑職(かんしょく)で人気がないと聞いたから、誰もやりたがらないのかもな」 「くそっ……いずれにしロ、気分が悪イ!」 「俺もだよ。でも今は紅家の援助を優先しよう。指定された会議室で待っていたら担当者が来るはずだ」 「フン……そうだナ! あんな性格の悪い奴よリ、今は紅家のみんなのことダ!」  神狼は怒りが収まらないものの、私情より目的を優先させるべきだという姿勢に深雪は心からほっと胸をなで下ろす。九曜計都(くようけいと)の物言いは深雪でさえ許容し難いと感じたほどだ。紅家の一員である神狼にとっては侮辱にも等しかっただろう。それでも彼は最後まで耐え抜いてくれたのだ。 「……ありがとな、神狼」 「什么(なんだ)?」 「俺を信じて怒りを呑み込んでくれて。本当は堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒が切れそうだったろ? でも神狼は一切、手を出さなかった」 「それハ……約束だったからナ。深雪ハ宣言通り、紅家の支援の糸口ヲ掴んでくれタ。深雪ガ約束を守ってくれたかラ、俺モ応じただけダ」  ぶっきらぼうに答える神狼。その表情はしかめっ面だが、どことなく照れているようも見えて、深雪は思わず笑顔になった。 「神狼って見かけによらず、義理堅いよな」 「ム……見かけによらずって何ダ!?」 「ぱっと見は気まぐれで猫っぽいのに、けっこう犬っぽいところもあるなって」 「ふうん……俺が犬なラ、深雪は羊だナ」 「あはは、羊かあ~。可愛いけど、もう少しカッコイイのがいいな」 「そうカ? 羊じゃないなラ……アルパカはどうダ?」 「それ首が伸びただけじゃん!」  そんな他愛(たあい)のない会話をしていると、九曜の毒気に当てられてささくれ立っていた感情が、少しだけ和んだような気がする。神狼の言う通りだ。今は紅家の問題解決を最優先にしなければ。  それから二人は九曜の指定した別室へと向かった。会議室の一角をパーテーションで仕切ってあり、その中に簡素な折り畳みテーブルとパイプ椅子が置いてある。  その部屋で待っていると、しばらくして会議室のドアが開き、担当者らしき人物がやって来た。三十歳ほどの痩せ型の小柄な男性で、スラックスの上に作業着を羽織っており、黒ぶち眼鏡をしている。そのせいか深雪は事務員っぽいなという印象を受けた。  髪型は短く切り揃えられて清潔感はあるものの、眉が八の字なせいで気が弱そうに見える。 「ど……どうも、お待たせしまして」  担当者は深雪たちを前にひどく緊張している様子だった。おそらく深雪と神狼がゴーストだと知らされて、怯えているのだろう。彼は手にしていたファイルをテーブルの上に置くと、身振りで深雪たちに着席するよう促した。 「いえ、こちらこそお忙しい中、わざわざ時間を取っていただいてありがとうございます。……東雲探偵事務所の雨宮深雪です」 「紅神狼(ホン・シェンラン)ダ」 「よろしくお願いします!」  深雪と神狼は揃って頭を下げる。男性は戸惑いをあらわにし、八の字眉毛の眉尻をさらに下げた。それから深雪たちは三人でテーブルを囲んだ。深雪と神狼が並んで座り、その対面に担当者の男性が腰を下ろす。 「ええと……私は《関東収容区管理庁》都市整備局交通政策・物流課、調整担当の本間です。お話の方はだいたい窺っております。《東京中華街》からの避難民に支援が必要とのことですが……」 「はい、《監獄都市》はこれから冬に突入します。紅家の人々の中には子どもやお年寄りも多く、このまま冬を迎えるには非常に厳しい状況に置かれているんです」  それから深雪は本間に紅家の人々の生活状況について説明をした。いかに住環境が過酷か、いかに物資が足りずに困っているか、そしていかに助けが必要か。すべて話し終えると、本間は持参したファイルのページをめくりながら口を開いた。 「はあ……なるほど。とりあえずですね、至急ということで食糧のほうは七千百食分の用意があるんですよ」 「本当ですか!?」  「ええ。本庁ではちょうど災害用非常食の備蓄、五百人分×二週間ぶんの買い替えを控えておりまして、古くなったほうをそちらの支援に回すことができるかと思います」  深雪と神狼は互いに顔を見合わせ、大きく頷いた。災害用非常食なら調理の手間もいらず、取り扱いも簡単だ。《中立地帯》に逃れてきた紅家の人数が二千人近くだと考えると、七千食などわずか数日で消費してしまうかもしれないが、それでも今は十分に有り難い。  しかし、本間は遠慮がちに付け加える。  「ただ……衣料品や建築資材などは、現状で今すぐに融通するのは難しいですね」  一瞬、安堵から表情の緩んだ神狼だが、すぐに眉間にしわを寄せた。 「何だト!? それジャ凍死しろっていうのカ!? 食べ物だけデ寒さが(しの)げるわけないだロ!!」 「い……いえ、そう言われても無理なものは無理なので!」 「お前らナ……!!」  いよいよ我慢の限界に達してしまったらしく、神狼はガタンと音を立てて椅子から腰を浮かしかける。深雪はそんな神狼に身振りで落ち着けとなだめつつ、本間へ訴えた。 「……何とかなりませんか? このままでは紅家の人たちは追い詰められ、力尽くで物を奪わざるを得なくなってしまう。もし《中立地帯》のゴーストと衝突したあげく、暴力沙汰にでもなれば、深刻な軋轢(あつれき)を生みかねません。そうなれば《収管庁》も無関係ではいられなくなる。紅家の人々もそれが分かっているからこそ一所(ひとところ)に固まって、不安や不満にじっと耐えているんです」 「残念ですが……こちらとしても、これ以上できることは無いんですよ。何せあとは中央の理解が得られないと難しいことばかりなんで……。ただでさえ《監獄都市》は金食い虫と揶揄(やゆ)され、無駄を削減しろと叩かれているので、よけいに西京新都(ちゅうおう)の対応が悪いんです。この街は我が国の『お荷物』であり『巨額負債』なんですよ。《収管庁》といえども公的機関の一つに過ぎませんし、中央の意向を無視して勝手なことをするわけにはいかないんです」 「……」  本間の主張は、九曜計都の言っていたこととほぼ同じだ。《監獄都市》の物流量を決定するのは西京新都で、いかに《収管庁》といえども独断で中央の決定を覆すことはできない。それが動かし難い事実なのだろう。  だが、ここで諦めるわけにはいかない。どうしたらいいのだろう―――深雪はじっと考え込む。  一方の神狼は《収管庁》のやる気の無さにすっかり呆れ果ててしまったらしく、溜め息をつくと椅子から勢いよく立ち上がった。 「帰るゾ、深雪! こんな奴ラ、何の当てにもならナイ! これ以上ハ時間の無駄ダ!!」 「……。そうだな、それがいいかもしれない」  深雪も頷いた。確かにこの場で押し問答をしても(らち)が明かない。それを聞いた本間は、ようやく帰ってくれるのかと、見るからにほっとした表情をする。  その本間に、ふとあるアイデアを思いついて深雪は身を乗り出した。 「どうですか? 本間さんも一緒に紅家の様子を見に行きませんか?」 「は……はい!?」 「言葉で説明するより実際に見てもらった方が断然早い! そうだ、そうしましょう!」  本間はぎょっとして「ぶんぶん」と首を横に振る。 「い……いやでも僕は《監獄都市》の街中には行ったことが……それに僕はゴーストじゃなくて、ごく普通の人間ですし!」 「心配いりません、俺と神狼で責任もって送迎しますよ。俺たちは《死刑執行人(リーパー)》だから、ボディーガードとか体を張る仕事には慣れているんで……なあ、神狼?」  神狼は深雪の意を察したらしく、途端に声をはずませる。 「あア、そうだナ! おもてなしハ何もできないかもしれないガ、熱烈歓迎ダ。本間サン!!」  そう言って深雪と神狼は本間の両脇に回ると、深雪が右腕を、神狼が左腕をそれぞれガシッと掴む。そして三人並んで腕を組んだ状態で、さっそく会議室を後にした。本間は小柄なうえに痩せているので、連れて歩くのはさほど難しくない。当の本間は青ざめて悲鳴を上げるのだった。。 「えっ、いや……ちょっとおおォォォォ!?」  しかし抵抗も虚しく、本間は引きずられるような形で深雪と神狼に『連行』されていくのだった。  《収管庁》を移動する間、何人かの職員と遭遇した。本間が強制的に連れ去られていくのに気づいても、深雪と神狼がゴーストだと知っているので誰一人として止める者はおらず、近づいてくる者さえいない。完全に見て見ぬふりだ。  深雪たちには都合が良かったが、悲壮感と絶望感に満ちた本間の表情を見ると、さすがに同情を禁じえない。だが、彼には何が何でも協力してもらわなければ。
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