第一話 深雪とロボ①

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 深雪は頭を抱えたい心境になりつつも、彼らを思い留まらせようと説得に乗り出した。 「メンバーが増えているのは何も《バフォメット》だけじゃないでしょう! ウチだって急増しているし、他のチームだって……騒ぎを起こして取り返しのつかない事態になったらどうするんですか!? 責任取れるんですか!!」  その言葉に新庄が耳を貸すはずもなく、それどころか深雪を見下したように斜に構えた態度で反論する。 「ハッ……びびってんのかよ? 情けねーこと言ってんじゃねーよ! 雨宮くんはさあ、ウチの№3だろ! №3がそんな体たらくだから《ウロボロス》がナメられてんじゃねーのか!?」 「……!」 「その様子だと、どうせ殴り合いもしたことねーんだろ? 本当は喧嘩が怖いから『尻尾巻いて逃げちまおうぜ』みてえな主張をするんだろ! 笑えるぜ! 実際のところさぁ、雨宮くんってアニムスが強いってだけの臆病者だよな! それが何で№3なんだよ? いかにも育ちが良さそうなボンボンが日和ってチームの足引っ張ってんじゃねーっつの!! やる気ねえなら変わってくれよ! なあ、みんな? 俺のが№3にふさわしいよなあ!?」  新庄は周囲を振り返って同意を求めたものの、仲間たちの反応はまちまちだ。半分は新庄に賛同するように頷いているが、残る半分は深雪の顔色をおそるおそる窺っている。本音では新庄に賛成していても、№3である深雪の反応は気になるらしい。  それを見た新庄は舌打ちをした。対する深雪は素早く畳みかける。 「……ふざけないでちゃんと聞いてください。ここは東京だ。警察の数も多いし、自衛隊の基地だってある。今、国会ではとある法案が審議(しんぎ)されていて、その結果次第では自衛隊がゴーストの『捕縛』や『排除』に乗り出してくるようになるかもしれない。つまり……今はとても大事(デリケート)な時期なんです。つまらない見栄やプライドのために余計な騒ぎを起こすべきじゃない!」  ところが新庄と仲間たちは深雪が何を言っているかピンと来ないらしく、しきりと首を捻ったり怪訝(けげん)そうな顔をしている。 「何の話だ……? 国会と俺らが何のカンケーがあるんだよ?」 「しかも自衛隊ってあれだろ? 災害救助とかしてくれる人たちだろ」 「別に怖くも何ともねーじゃん。何を警戒してんだ、あいつ?」  周囲のシラケた反応を見た新庄は「にやっ」と笑って深雪を挑発する。 「雨宮くんさあ、そういうボク意識高いでェ~すってひけらかすのはいいからさあ、少しはチームのために貢献してよ! №3なら№3らしく、みんなを率先して引っ張っていくべき立場だろ! ここではそういうのが求められてんだよ! それが読めないから孤立しちゃうんじゃねーの?」 「……」  実際、その頃から深雪はチームでも孤立しがちだった。好戦的な新規メンバーに影響されてか、古参メンバーも徐々に攻撃的な言動をするようになっていたからだ。《ウロボロス》のメンバーは十代や二十代の若者ばかりで周りの雰囲気に流されやすく、少しばかり過激な言動のほうがチーム内でのウケがいいため、みな競うように攻撃的な方向へと傾いていったのだ。  その中で深雪だけがチームの『暴走』に対して冷静に、しかも面と向かって『待った』をかけるため、どうしても浮いてしまうのだ。  もっとも新庄が言うように深雪が特別、意識が高いわけではない。(くだん)の法案はネットでもリアルでもかなりの注目を集めていた。 「ゴーストは危険だ、厳正に対処すべき」と主張する者。 「そんな対応では生ぬるい。ゴーストなど人間社会から排除してしまえばいい」と主張する者。 「しかし、それで自衛隊を動かすのはどうなのか」と主張する者。 「自衛隊ではなく、警察にもっと強い権限を持たせるべきだ」と主張する者。  喧々諤々(けんけんがくがく)の議論が巻き起こる中、やがて「憲法が」とか「政府の無策が」などと論点をすり替える者が現れ、さらに茶々を入れて引っ掻き回す者。面白おかしく娯楽にする者。不安や憎悪を煽る者。他者を攻撃する道具(ツール)に仕立て上げる者まで現れる。  それらの議論はやがて対立する主義主張への罵倒や誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)へと変わってゆき、今やネットやテレビ、現実(リアル)を巻き込んでのてんやわんやの大騒ぎだ。各主要都市ではデモまで行われているらしいが、その大部分はゴースト問題とは関係のないテーマだという。  当のゴーストは完全に置いてきぼりのまま、ある種の集団ヒステリーのような現象が日本各地で起こっていたのだ。  あまりにも過熱しすぎた世論を(かんが)みてか、(くだん)の法案もいわゆる『骨抜き法案』となる公算が高いという。深雪たちゴーストにとっては願ったりかなったりの展開だが、ゴーストを排除しようという動きに油断はできない。  ちなみに、この時の対応のしくじりがトラウマとなり、後の《ゴースト関連法案》という極端な法案の成立へと繋がっていくのだが、この時の深雪たちにはそのような未来が待ち受けているなど知る(よし)もなかった。  ただ、新庄やその仲間たちに限って言えば、ゴーストを取り巻く社会の流れに関心が無いのだろう。彼らは普段からニュース番組を観たり、ニュース記事を読んだりする習慣がない。そのせいか「ゴースト排除」などと書かれたプラカードを持って街を練り歩くデモ集団を見ても、お祭り騒ぎをしているとしか思わないらしい。  彼らにとって(ちまた)のニュースは『テレビやネットの中の世界の話』であって、自分たちの生活に直結しているという意識が希薄なのだろう。 (それはいいとして、何とかしてこいつらを止めないと……! 《バフォメット》と正面衝突なんてしたらゴーストはもちろん一般人も含めて途轍(とてつ)もない犠牲が出る! それだけは絶対に避けないと……!!)  こういった仕事は(ヘッド)の翔陽がやるべきなのだが、翔陽はみなの不興を買う仕事や揉めそうな仕事はやりたがらない。現にこの場にも翔陽の姿は無かった。新庄たちの動きはSNSで知っているだろうに、トラブルの気配を敏感に嗅ぎつけると、するりと逃げてしまうのだ。  このまま新庄の好きにさせるわけにはいかない。たとえ深雪が孤立することになっても、チームを危険に晒すわけにはいかないのだ。深雪は改めて新庄を睨む。 「……それで? 新庄さんは《バフォメット》に抗争を仕掛けたとして勝算はあるんですか? 相手は凶暴なことで有名なチームですよ。実際にいくつものチームが壊滅に追い込まれている。まさかぶつかるだけぶつかって、あとは行き当たりばったりだとか言わないですよね!?」   深雪が問い質すと新庄はムッとした気配を見せる。 「……んなわけねーだろ。やるからには勝つ! 当然のことじゃねーか!!」 「じゃあこの場で説明してください。いったい何人動員し、どこでどう事を起こすのか! 武闘派で名高い相手にどうやって勝つつもりなのか! せめて計画を明かし、納得のいく説明をしてもらわないとチームは動かせませんよ!」   感情的で短気な新庄は理詰めに弱い。深雪の予想通り、あっという間に返答に(きゅう)して口ごもってしまう。だが、それも一瞬のことだ。新庄はすぐに顔を真っ赤にして激昂する。 「う、うるせーなあ! 俺はチームのために戦うっつってんだよ!! チームを守るため……《ウロボロス》を強いチームにするために!! それのどこが悪いんだよ!?」  それから新庄は近くのテーブルに乗り上げると、周りのメンバーに大袈裟な身振りで訴える。 「なあ、みんな!? 強くなりてえよなあ!? 最強のチームになりてえよなあ!!」  宙に拳を突き上げる新庄の姿に、仲間たちは瞬く間に感化されて口々に叫ぶ。 「そうだ! 最強になっちまえばいいんだ!」 「そうすりゃ、《バフォメット》の奴らにナメられることも無いじゃん!」 「それに最強って何かカッコイイしな!」  そのあまりにも短絡的すぎる理屈に深雪はあきれ果て、思わず声を荒げる。 「最強……? それのどこが『カッコイイ』んだ!? スポーツや勉強の『一番』とはわけが違うんだぞ!! それだけ他のチームにも警戒されるし、警察にも睨まれる。むしろリスクだらけだろ!!」  だが新庄も負けてはいない。 「何なんだよ、てめえはさっきからよォ! ネチネチとテンション下げることばかり言いやがって! ムカつくんだよ、喧嘩が怖いなら怖いってそう言えよ!! このヘタレチキン野郎が!!」  新庄にとって深雪は臆病者であり、「厄介事はご免だ」という保身から自分たちの足を引っ張っているのだと決めつけているらしい。それは他の仲間も同様であるらしく、軽蔑と嘲笑を含んだ笑い声をあげる。 「引っ込め! 名ばかりの№3!」 「雨宮くんのせいで空気悪くなってるの、いい加減に気づけよ!」 「そうだそうだ! 雨宮くんはタイクツなんだよ!」  一斉に野次を飛ばす新庄とその仲間たち。興奮はどんどんヒートアップしてゆき、このまま彼らを放っておいたら本当に《ピアパルク》を飛び出して《バフォメット》に突撃しかねない。  もし《ウロボロス》が《バフォメット》に手を出したら当然、《バフォメット》も報復してくるだろう。《バフォメット》は凶暴で陰湿なチームだ。これまでの手口を考えると、彼らが新庄たちに直接、仕返しをしてくるとは思えない。  《バフォメット》が報復の対象として狙うのは、間違いなく《ウロボロス》の非武闘派メンバーだ。深雪の友人である帯刀火矛威や式部真澄―――強力なアニムスを持たず、誰かと争うことも好まないメンバーが一番の被害者となるのだ。  だが、新庄たちがそこまで考えているようには見えない。もし最悪の事態に陥ったとしても、その責任を取るはずもなければ、己の行動を反省するはずもない。すべて他人のせいにしたあげく、自分は悪くないと言い張るに決まっている。  結果は分かり切っているのに、どうして自重できないのか。深雪はとうとう堪忍袋の緒が切れてしまう。 「お前ら全員、いい加減にしろ!!」  深雪は怒りまかせに傍にあったテーブルに手の平を叩きつけ、《ランドマイン》を発動させた。《ランドマイン》は触れた物を意図したタイミングで爆発させるアニムスだ。  ある程度は手加減したつもりだが、自分が思っている以上にカッとしていたらしく、テーブルは爆破音とともに粉々になってしまう。
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