第十三話 長部(おさべ)セキュリティ・カンパニー①

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第十三話 長部(おさべ)セキュリティ・カンパニー①

 深雪が(ホン)家の再建に奔走(ほんそう)している間も、《中立地帯》が静かになることはない。  ストリートで生きるゴーストの子供たち―――いわゆるストリート・ダストのチーム同士の(いさか)いや揉め事、トラブルは尽きることが無く、アニムスを持つゴーストであるが故に、暴力沙汰(ぼうりょくざた)や抗争へと進展しやすい。  《東京中華街》での動乱―――今では《東京中華街》事変と呼ばれているが、それ以前にくらべると抗争の規模・件数ともに縮小傾向にあるものの、衝突そのものが無くなることはないのだった。  その日も(ホン)家の集落にいた深雪は、マリアから抗争が起きたとの連絡を受け取った。 「総勢百人規模か……抗争そのものは珍しくないけど、ちょっと人数が多いな」  深雪が答えると、宙に浮かんだ立体ホログラムのウサギのマスコットは、呆れたように肩を竦めた。 「《東京中華街》がめちゃくちゃに混乱してから二か月間。それに恐れを成したのか、《中立地帯》のストリート=ダストも割と大人しくしてたってのにね~。ま、その鎮静効果も薄れちゃったってことでしょ」 「今まで静かだったぶん、その反動で抗争が激化する可能性が高いってことか……分かった。抗争が起きている場所はどこなんだ?」 「ええーっと……どうやら三軒茶屋(さんげんじゃや)みたいね~」  すると深雪とマリアの通話に、ポコンと音を立ててシロが割り込んでくる。 「ユキ、シロも行く!」 「シロ? 今日は孤児院で授業を受ける日だって言ってたけど、そっちは終わったのか?」 「たった今終わったところだよ。シロもこのまま三軒茶屋に行く! ユキのお手伝いするんだ!」 「ありがと、助かるよ。じゃあ三軒茶屋で落ち合おう。マリア、抗争してるチームのデータを送ってくれ」 「そんなに急かさなくてもやってるわよ。やれやれ、こんな時に抗争だなんてどこの馬鹿どもよ? こっちはそんなもんにつき合うほど暇じゃないっての! はあ~、よっこいせっと……」  ところがマリアの反応は鈍く、やたら間延びした声でブツブツと文句をこぼす。彼女のアバターであるウサギも半眼で寝転がり、ボリボリと尻を掻いている始末だ。あまりの体たらくぶりに深雪は苦言を(てい)した。  「マリア、あまり言いたくないけどさ……やる気が無さすぎない?」 「うっさいわねー、仕方ないっしょ! こちとら徹夜続きなんだからさ!」  「徹夜……? 最近は事務所の仕事も多くないはずだけど、いったい何やってるの?」 「別に何やったっていいでしょ!? オフにまで干渉してくるなんて超キモいんだけど! あたしだっていろいろやることがあんのよ!!」   マリアはプライベートに干渉されることを極端に嫌がるが、それにしても反応が過剰だ。何かよほど大切な要件を抱えているのだろうか。 (ひょっとして……例のお兄さんを探しているのかな?)  深雪はマリアの事情に詳しくないし、何をしているのか尋ねても、あの性格なのでロクな返事は返って来ないだろう。  ただ、彼女が行方知れずになった実の兄を血眼になって探していることだけは知っている。深雪は以前、マリアから兄について何か知らないかと問い詰められたことがあるからだ。残念ながら深雪はマリアの兄を知らず、教えられることは何も無かったのだが。 「確かにマリアが個人的に何をしようと干渉するつもりはないよ。だけど……それはオフの時の話だ。今は事務所の仕事をしてもらわないと困る」  深雪が心を鬼にして告げると、マリア扮するウサギのマスコットはむくりと起き上がって胡坐(あぐら)を組み、両腕を組んで挑発的に目を細める。 「……ふーん? 何よ、言うようになったじゃない。ま、仮にも《中立地帯の死神》を名乗ろうってんなら、それくらいじゃないと困るけど」  そこへ新たなウサギが二匹、ピコンと現れる。ウサギたちはシュタタと俊敏な動作で胡坐(あぐら)をかくマリアのそばへ駆け寄ると、片膝をついて巻物を差し出した。まるで時代劇に出てくるお殿様と家来のように 「マリアちゃん、抗争してるのは《百花繚乱,S》ってチームと《天下無双ヒーローズ》ってチームだよ!」  同時にチームエンブレムが宙に浮かんだ。ストリートチームにはそれぞれ紋章(エンブレム)があり、ストリート・ダストたちはその紋章(エンブレム)刺青(タトゥー)にして体に刻む文化(カルチャー)がある。  ただ、《百花繚乱,S》と《天下無双ヒーローズ》の紋章(エンブレム)はストリート特有の尖った要素がなく、どちらかというとIT企業やプロスポーツクラブのロゴマークを思わせる、全体的に丸みを帯びたデザインをしていた。これまで《中立地帯》のストリートでは見られなかった趣向(テイスト)だ。  マリアも深雪と同じことを感じ取ったらしい。 「へーえ、これまた随分とノリが軽いわね~」 「チーム名とエンブレムの印象だけだと、バンドとかスポーツサークルみたいだ。尖った感じとか威圧感とか全然ないし……ほかのチームとセンスの違いを感じるな」 「となると最近、収監された『新人さん』たちかしら? ま、チーム名なんて何だっていいんだけど……さーて、あんたたち! さっそく情報をかき集めて両チームの弱みを握るわよ!」   興味をそそられたのだろう。マリアは俄然(がぜん)やる気を出し、ウサギたちへ告げる。 「ほほ~い!」 「マリアちゃんってば性格悪~い!」 「性格悪いですって!?  何それ最高の誉め言葉なんですけど! んっふ~ふふふ……ノッてきたわ~!! んなわけだから、深雪っちも急いでよね!」  「わ……分かってるよ」  深雪が言い終わらないうちにマリアは一瞬で姿を消してしまった。何だか振り回されている感じがするのは気のせいだろうか。 (いろいろツッコミたいけど……まあやる気が出たなら良しとしよう)  それから紅家の集落を後にした深雪は、バイクで抗争現場へと急行した。奈落に運転を教わってからバイクや車に乗って移動するようになったのだが、現場まで距離がある時はやはり便利だ。 「あそこだな……!」  京王線のあたりに差しかかったところで煙が立ち上っているのが見えたが、思ったより火の手は小さい。  さらに進むと道路沿いにシロが立っているのが見えた。バイクを止めるとシロも深雪に気づき、さっそく駆け寄ってくる。 「ユキ!」 「シロ、もう来てたんだ。さすがだな」 「へへ……だって遅れたら役に立てなくなっちゃう。シロ、《東京中華街》の時には腕や肩を骨折してユキと一緒に行けなかったから、今日はその分も頑張るんだ!」  そう言ってシロは嬉しそうに腰に差している愛用の日本刀、《狗狼丸》を握りしめた。孤児院の授業に武器の持ち込みは禁止されているから、わざわざ東雲探偵事務所に取りに戻ったのだろう。 (シロ、やけにはりきってるな。やる気があるのはいい事だけど……ちょっと心配だ。悪い方に転ばなければいいんだけど)  シロは怪我で動けなかったこともあって、現場に出るのは久しぶりだ。シロは《ビースト》という強力なアニムスがあるだけに、焦って力の使い方を間違わなければいいのだが。そんな懸念を抱く深雪に、シロは不思議そうな視線を向ける。 「……ユキ? どうかしたの?」  「いや、何でもない。とりあえず抗争しているチームを探そう」 「うん!」
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