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三軒茶屋は昔とくらべてすっかり寂れてしまっているが、《監獄都市》の中では比較的住みやすく、《アラハバキ》の影響も強くないため、ストリート・ダストの間では人気がある街だ。
そのせいか、街のそこかしこにストリートアートやグラフィティが描かれている。中には落書き同然のものもあるが、華やかでクオリティの高い作品もあり、独特な景観をつくり出していた。
だが、その街並みも今や派手に破壊され、なぎ倒されたガードレールや電柱が瓦礫と化し、マンションやビルの表面はあちこち焼け焦げて煙が出ていた。
その中心に総勢百人ほどの若者が集まっていた。ショックで放心している者、怪我をしてうずくまっている者もいるが、いまだ興奮して掴み合っている者もいる。
彼らをひと目見たシロは深雪に言った。
「あまり見ない子たちだね。エンブレムも見たことない。最近できたチームなのかな?」
「シロもそう思う? 《百花繚乱,S》に《天下無双ヒーローズ》……今まで聞いたことがないチームだし、抗争にも慣れてないみたいだ。マリアの予想通り、収監されたばかりのゴーストなのかもしれない」
以前、深雪とシロはストリート・ダストの誘拐事件を解決するため、《中立地帯》のチームを片端から調べたことがある。その時には《百花繚乱,S》や《天下無双ヒーローズ》というチームは無かったはずだ。
「この街のことがよく分からずに喧嘩になっちゃったのかな?」
その可能性も無きにしもあらずだが、深雪はかすかな違和感を抱いていた。
「ただ……それにしては妙だな。最近できたばかりのチームで、チームメンバーの大半が新しい『囚人』なら、普通は抗争を仕掛けようなんて思わないはずだけど……いったい何があったんだ?」
それにストリートチーム同士の抗争の背景には、長年に渡る金銭がらみのトラブルや縄張り争いといった因縁が横たわっていることが多い。《監獄都市》に収監されたばかりのチーム同士に、そんな因縁が生じるとも思えないのだが。
深雪が訝しんでいると、そこへマリアの通信が入ってきた。
「深雪っち、聞こえる? ちょっと今、うちの事務所の《死刑執行人》が捕まらないのよ。流星や神狼はまだ現場に出られる状態じゃないし」
「それは仕方がないよ」
「今回の抗争、人数が人数だから深雪っちとシロだけじゃどう考えても手に余るでしょ? だから《あさぎり警備会社》に応援を要請したわ」
《あさぎり警備会社》は《監獄都市》でも有数の《死刑執行人》事務所だ。知名度は東雲探偵事務所に及ばないものの、所属する《死刑執行人》の数では圧倒的に勝っている。深雪も何人か顔なじみだ。
「了解。でも、放っておくわけにはいかないから一応、声をかけてみる」
「慎重にね、深雪っち」
「ああ……行こう、シロ」
「うん!」
深雪はシロとともに近づいていくと、できるだけ穏やかに声をかけた。
「君たち、ちょっといい?」
「何だよてめえら!? 俺らのことは放っとけよ! ヨソのチームは関係ねえだろ!!」
その台詞から察するに、どうやら深雪を様子を見にきた他のチームのストリート・ダストだと思っているらしい。深雪やシロの年齢を考えると、そう思われても仕方ないが。
深雪は改めて少年らに告げる。
「俺たちは《死刑執行人》だ」
いくら新参のチームでも《死刑執行人》の存在は知っていたらしく、少年たちはぎょっとして一様に動揺を見せた。
「《死刑執行人》!? 犯罪者ゴーストを狩るっていう……!?」
「嘘だろ!?」
「は……!? どっからどう見ても俺らと同じくれえじゃんか!」
それを聞いたシロは腰の日本刀に手を添え、眉をきりりとさせる。
「大人しくユキの言う事を聞いて! それができないワルモノは《リスト執行》するんだから!」
「ち、違う! 俺らは別に何も……!!」
「何もしてないなら、落ち着いて説明できるよね? 抗争に加わったのはここにいる全員だな? どっちが《百花繚乱,S》でどっちが《天下無双ヒーローズ》なんだ?」
「そ、それは……」
深雪が尋ねると、少年たちは気まずそうに顔を見合わせる。こうして見ても、どちらが《百花繚乱,S》でどちらが《天下無双ヒーローズ》なのか全く分からない。両チームともこれといった目立った特徴がなく、紋章刺青を入れていないメンバーも多い。
その中から背が高く、野球部員を思わせる坊主頭の青年が渋々ながらも手を挙げた。
「うちが《天下無双ヒーローズ》っす。こっちは被害者で、喧嘩ふっかけてきたのはそっちの奴らです」
「僕たちだって別に喧嘩を売ったってわけじゃ……」
「はあ!? 何言ってんだ、お前らが先に仕掛けて来ただろうが!」
どうにも要領を得ない。ゴーストだから大ごとになっただけで、抗争というよりただの小競り合いにも見える。深雪はわざと語勢を強め、両者の間に割って入った。
「揉めるのは後にして。まずは人数の確認と怪我人のピックアップに協力してくれ。重傷者や死亡者はいないのか?」
「あ、はい。うちのチームは怪我人は出てるけど、死者は一人もいないです」
「う……うちのチームもいません」
ざっと見渡したところ、怪我人はいるものの軽傷で、ピクリとも動かない者や命に危険がある者はいないようだ。周囲の建物も焦げたり壁の一部が破損しているだけで、建物が倒壊するほど深刻な被害は見られない。
両チームとも《監獄都市》のゴーストらしからず、聞き取りにも協力的だ。それどころか《死刑執行人》が何なのか分かっていないのだろう。不思議そうな顔で深雪やシロを見つめてくるメンバーもいる。
深雪が質問を重ねると、彼らは蒼白になりながらも、たどたどしく抗争に至った経緯やチームの状況を説明した。
聞くところによると、七十人ほどの《天下無双ヒーローズ》に対し、《百花繚乱,S》は三十人足らず。にもかかわらず、抗争を仕掛けたのは人数の少ない《百花繚乱,S》のほうだという。
こういう時には必ず何か裏がある。深雪は《百花繚乱,S》の頭だという最上という青年に尋ねた。最上は黒い短髪に服装もシンプルで、ごく普通の大学生といった印象だ。
「ええと……君は《百花繚乱,S》の頭、最上保志くんだよね? 自分たちの二倍もの人数のチームに襲撃をかけるなんて、ずいぶん無謀なことをするんだな。何かよほど腹に据えかねることがあったとか?」
すると《天下無双ヒーローズ》のメンバーが声を荒げて反論する。
「何スか、俺たちに原因があるみたいな言い方!? 妙な言いがかりはご免っすよ!」
「落ち着いて。まずは順番に話を聞くから」
《天下無双ヒーローズ》の頭をなだめてから、深雪は《百花繚乱,S》の最上とその仲間の少年たちへ視線を向けた。
「君たち、それほどヤンチャでもないみたいだし、喧嘩っ早いようにも見えないけど、原因は何? どうして抗争なんて起こそうと思ったの?」
「えっ……それは……」
「いや、何となく……」
「これだけ被害が出てて怪我人もいるのに、何となくは無いでしょ。今回は人死には出なかったけど、ゴーストがアニムスを使ってガチで喧嘩すれば、死亡者は普通に出るよ。最悪の場合、君たち自身はもちろん、たまたまその場に居合わせ人まで巻き添えになって命を落とすかもしれないんだぞ?」
そう指摘されて初めて事の深刻さに気づいたのか、《百花繚乱,S》の頭、最上は今にも泣きそうな顔になって頭を下げた。
「すんません! 僕たち決して誰かを傷つけたかったわけじゃ……!」
「ああ!? こっちは迷惑被ってんだぞ! それを今さら……何を寝言ほざいてやがんだ!?」
「すんません! ホント、ごめんなさい……!!」
《天下無双ヒーローズ》の頭は怒りが冷めやらぬようだが、平身低頭して謝るばかりの最上を前に、やむなく矛先を収めることにしたらしい。他のメンバーも異論を唱える者はいない。互いに納得のいかない部分はあるものの、これ以上は争いたくないというのが本音だろう。
抗争まで発展した割には、いやにあっさりした幕引きに深雪は拍子抜けしてしまう。
(何て言うか……ついこの間まで普通の学生だった彼らが抗争を起こすなんて、いまひとつ信じられないんだけど……)
ストリート・ダストの抗争は大抵、長きにわたる対立や強烈な面子の張り合い、金銭問題などが複雑に絡んでいる。だからチームメンバー全員が感情的になっている場合が多く、鎮圧に時間がかかるのはもちろん、その後の仲裁にもかなりの手間がかかる。後腐れなく解決することなど無いと言っていい。
だからこそ、彼らの話を聞くほど違和感が膨らんでいく。これは裏に別の事情があるのではないか。
さらに質問を重ねようと深雪が口を開きかけたその時。突然、横槍が入った。
「ちょっとちょっとォ! 困りますよォ、東雲探偵事務所サン! この件は俺ら長部セキュリティ・カンパニーが担当してんスから」
相手を見下したような軽薄な声の主は、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてやってくると、深雪の前に立ち塞がる。
(こいつ……!)
深雪は思わず眉をしかめた。シロも《狗狼丸》を構える手に力を入れる。
現れた青年の名は長部駿介。パーマで癖をつけた髪にカチューシャをしており、口元やあごに髭を生やした全体的にワイルドな印象だ。服装にもこだわりが強く、ビビットカラーの派手なファッションに身を包んでいるのでよく目立つ。
二十代後半の青年だが、これでも長部セキュリティ・カンパニーという事務所の《死刑執行人》だ。
長部の後ろには同じ事務所の《死刑執行人》と思われる若者が三人並んでいるが、驚くほど覇気がなく、所在なさそうに端末をいじっている。
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