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第十四話 長部(おさべ)セキュリティ・カンパニー②
✳ややストレス展開があります。
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長部セキュリティ・カンパニーとは最近、抗争現場でよく鉢合わせるが、正直なところ深雪はあまり良い印象を抱いていない。それを敏感に察したのか、シロは日本刀に手を添えたまま深雪の顔を窺う。
「ユキ……!」
「大丈夫だよ、シロ。俺に任せて」
深雪はシロの肩に手を置いて小声で告げると、長部へと向き直った。
「別にどっちが担当とか決めつけなくてもいいじゃないですか、長部さん。人数も多いわけだし、手分けすれば……」
だが長部は、わざとらしく深雪の言葉を遮る。
「いやいや、そういう訳にはいかないでしょ。おたくとウチは商売敵だ。雨宮くんはまだ若いし、その年齢だと就職したこともないから知らないだろうけど、普通、同業他社は安易に協力し合ったりしないものなんだよねえ。え、初耳? まっ、若者は世間知らずでも仕方ないけど~? 俺のほうが経験も豊富だし、うちが担当したほうが彼らも安心できるんじゃない?」
これが長部のやり口だ。とにかく深雪を新米扱いし、場の主導権を握りたがる。そのせいで抗争の鎮圧が長引くことも一度や二度ではなかった。
「俺が若いのは否定しませんけど、重要なのは年齢じゃないですよね? そもそも長部さんの事務所だって、協力を拒めるほど人手が足りてるようには見えませんよ。少し冷静になったらどうですか?」
深雪が牽制がわりにやり返すと、さすがに気分を害したのだろう。長部はムッと眉間にしわを寄せたものの、すぐにへらへらと薄ら笑いを浮かべて深雪の前に立ちはだかる。
「へええ、さすがは泣く子も黙る東雲探偵事務所! 自信満々だねえ。《リスト執行》でゴーストを殺しまくってるだけのことはある。《監獄都市》の人間はみな知ってるよ。数ある《死刑執行人》の事務所の中でも東雲探偵事務所はヤバいって。何せ《死神》って通り名までついてるくらいだもんな!」
長部は語って聞かせるかのごとく、その場のストリート・ダスト全員に届くような大声で喋る。途端に《百花繚乱,S》と《天下無双ヒーローズ》のメンバーは不安と怯えを浮かべ、落ち着きはじめていた者までざわめき出した。
「死神……!?」
「《死刑執行人》ってだけでもヤバいのに、最悪じゃねーか!!」
「本当かな……? そんな恐ろしい人には見えないけど……」
「でも、この街じゃ有名らしいじゃん。だったらマジなんじゃね?」
「ぼ、僕らも殺されちゃうのかな……?」
《百花繚乱,S》の最上にいたっては青ざめてがくがくと震え、今にも失神してしまいそうだ。彼らは一斉に後ずさると、深雪とシロから距離を取ってゆく。
これでは落ち着いて話を聞くどころではない。苦々しく思う深雪だが、長部は思惑通りだと言わんばかりにニヤニヤしている。
(この人、ストリート・ダストたちを無闇に不安にさせて何がしたいんだ? そもそも抗争の鎮圧なんて一銭の得にもならないこと、他の《死刑執行人》は面倒臭がってやりたがらないのに……)
《死刑執行人》にとって直接、収入に繋がるのは《リスト執行》だけ。だから抗争で死者が出るのを喜ぶ者もいるくらいだ。被害が大きければ《死刑執行対象者リスト》に登録されるゴーストの数も増えて、『収入源』も増えるからだ。
(それなのに……なぜ長部は頻繁に抗争現場に現れては、俺に執拗に絡んでくる? 正義感が強いようには思えないし、かと言ってお金にならないことに精を出す性格にも見えないのに……)
いったい何が目的なのだろう。例えば経験が浅い深雪にマウントを取って恥をかかせたいとか、自分の立場が上だと周囲に見せつけて優越感に浸りたいとか、ただの嫌がらせにしては手が込み過ぎている。
(何だか《ウロボロス》の新庄を彷彿とさせるな……)
長部は抗争現場にあらわれては深雪の邪魔をする。深雪に付きまとっているのではと疑いたくなるほどだ。そういう無駄にしつこいところも新庄に似ている。自尊心が高く攻撃的な割に、足を引っ張ってばかりいるところも同じだ。
深雪の隣ではシロが《狗狼丸》に手をかけたまま、じっと長谷部を睨みつけているが、忙しなく動く頭の獣耳から、彼女がひどく苛立っているのが伝わってくる。
(俺はこういう嫌がらせに慣れているけど、シロは苦手そうだな。我慢が限界を迎える前に終わらせないと……!)
ところが深雪の危機感などお構いなしに、長部はさらに挑発してくるのだった。
「ほら空気読みなよ、雨宮くぅ~ん。みんな怖がってんじゃん。死者も出てない子どもの喧嘩に、東雲探偵事務所の《死刑執行人》がマジになる必要ってある? 雨宮くんが頑張ってるのは分かるけど、ちょっと肩に力入りすぎ~! 先輩としてアドバイスするとさ、真面目さや正義感もそりゃ大事だけど、一番重要なのは臨機応変に対応する力なんだよねー、こういう仕事だと……分かるゥ?」
「長部さんこそ邪魔するなら帰ってもらえませんか。しつこく抗争現場に居座るなんて、どう考えても不自然ですよ。妙に俺を追い払おうとしているけど、何か下心があるとか……?」
何気なく発した言葉だったが、意外なところで反応があった。《百花繚乱,S》の最上が気まずげに、すっと視線を逸らしたのだ。
(……! あれ……?)
深雪が視線を向けると、最上は決まり悪そうに体を縮める。深雪の言葉に反応したように感じたのは気のせいではないらしい。
だが、長部に向けた言葉で何故、最上が反応するのだろう。不審に思っていると、深雪の思考を遮るかのように長部が視界に割り込んでくる。
「はあ? なに言ってんの、そんなわけないでしょ。当てずっぽうで誹謗中傷とかマジ営業妨害なんだけど、それがおたくのやり方なわけ? 仮にも《死神》を名乗るなら卑怯な方法でライバルを蹴落とすんじゃなく、実力で示せよ! あ、そりゃ無理か。凄いのは東雲探偵事務所であって、雨宮くんじゃないもんなあ!?」
煽り立てるような言葉の数々を聞き流し、深雪は聞こえよがしに大きな溜め息をついてみせる。
「あの手この手で挑発か……よほど俺にこの場にいて欲しくないんですね。いったい何を企んでるんですか? いくら無名で実績のない事務所とはいえ、俺みたいなガキを相手するほど暇なんですか」
「ああ? 聞き捨てならねーな! もういっぺん言ってみろや!!」
「聞こえないなら何度だって言いますよ。つまらない横槍入れて、上から目線でマウント取って、長部さんの言動すべてが迷惑でしかないんです。協力するつもりがないなら引っ込んでてくれませんか!」
「てめえっ……!!」
長部は歯を剥き出すが、深雪も一歩も引かない。真正面から睨み合う両者。ところが思わぬところから邪魔が入る。
「どうも~、《突撃☆ぺこチャンネル》でーす!! あれあれあれ~? 何スか、喧嘩ですかぁ? いや~、派手にやってますね~! ……ってか、お二人とも《死刑執行人》ッスよね? ストリート=ダストの抗争アーンド《死刑執行人》の熱き縄張り争い!! いや~絵ヅラもいいし、コレ動画再生回数マシマシのマシで間違いないッスよ~!!」
「お前……動画配信者のぺこたん!?」
青いメッシュの入ったキノコヘアに真っ赤なブルゾン。遠目でもそれと分かる動画配信者のぺこたんとスタッフ三人が嬉々とした表情を浮かべ、睨み合う深雪と長部の元へ駆け寄ってくる。スタッフの一人はカメラのレンズをこちらに向けて、すでに撮影を始めているようだ。
ぺこたんは至近距離までやって来てようやく深雪に気づいたらしく、ぎくりとする。
「やべっ……東雲探偵事務所の……!」
「お前ら、あんな事件を起こしておいて、まだ活動してるのか!」
深雪が思わず剣呑な口調になって言うと、ぺこたんは頬を引きつらせた。
「いや~ははは、勘弁してくださいよぉ。あれから黒家の方々と連絡が取れないし、事前に契約した報酬すら入ってこない有様でして、こうなったら俺たち一から出直すしかないってカンジで、心機一転・気分一新! 頑張っていこうってところなんスから~!」
「調子のいいことを……お前らが火澄ちゃんにやったこと忘れてないぞ!」
「わ、分かってます! 分かってますって!! ヤバい事件とかヤバい勢力には関わりませんって、できるだけ! ……ところで早速なんスけど、このままカメラ回していいッスよね?」
「あのなあ、だからそういうところが……」
そんなやり取りをしていると、何を思ったか長部はさらに語勢を張り上げ、深雪へと詰め寄った。
「おいおい、やめてあげなよ雨宮くん! 無抵抗の人間に圧かけて脅すなんて、さすがにどうかしてると思うけど? 恐喝や脅迫と何も変わんねーじゃん! いくら《死神》とはいえ、やって良い事と悪い事があるんじゃないの!?」
(はあ? 何なんだ今度は……)
なぜ長部がぺこたんの肩を持つのか、訳が分からない。これ以上、騒ぎを大きくして何がしたいのか。眉根を寄せる深雪に、長部は芝居がかった仕草で両手を広げた。
「あー、そりゃ無理か。何せ《死神》だもんな? ゴーストを怖がらせてマウント取るのって気持ちいいもんな? トラブルを恐れた立場の弱いゴーストから便宜を図ってもらえるとなりゃ、アコギな商売だと分かっていても止めらんねーやな」
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