第十四話 長部(おさべ)セキュリティ・カンパニー②

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 長部(おさべ)の言葉をすっかり信じてしまったのか、《百花繚乱,S》と《天下無双ヒーローズ》はますます不安そうな顔をして肩を寄せ合い、深雪から離れていく。ぺこたん達も得ダネのにおいを嗅ぎつけ、ワクワクした様子でカメラを向けてくる。 「え、なんスかこれ? ひょっとして《監獄都市》最強と謳われる《死刑執行人(リーパー)》の事務所、その深すぎる闇がいま暴かれる的な? イイっすね~、話題性バッチバチっすね~!!」  そこにきて深雪はようやく長部の意図を察した。 (これは不味いな……)  長部はわざと騒ぎを大きくして、その場面をぺこたんに撮らせようとしているだ。撮れた動画は《突撃☆ぺこチャンネル》を介してすぐさま拡散される。そうして東雲探偵事務所の悪評を《監獄都市》中に広めるのが狙いなのだ。動画の内容が事実かどうかは、この際どうでも良い。  深雪は咳払いをし、声音をトーンダウンさせて長部へ告げた。 「適当な事を言い触らすのはやめてください。俺たちがゴーストから便宜(べんぎ)を図ってもらっている証拠があるんですか? デタラメなことを言って信頼を失うのは長部さんですよ」 「はっ……何があっても余裕ってか。澄ました顔しやがって……事務所の威光を(かさ)に着ているだけのヒョロガリが! その話し方がムカつくんだよ! 実力のないガキは引っ込んでろよ!」  そう叫んで長部が深雪の右肩をドンと突き飛ばした瞬間、その場に緊張が走った。  固唾(かたず)を飲んで成り行きを見守っていた《百花繚乱,S》と《天下無双ヒーローズ》のメンバーは、いよいよ衝突かと身を竦ませる。彼らの瞳には強い怯えが浮かんでおり、抗争を起こした当事者であることなど忘れ去っているようだ。  そんな空気などお構いなしにぺこたん達は興奮し、実況をまくし立てる。 「おおっ、これは面白くなってきましたよ~! いいですねいいですねー!! いい絵が撮れる予感がビンビンしますね~!!」  この機を逃すまいと思ったのだろう、長部もカメラに向かってビシリと人差し指を突きつける。 「みんな、よ~く見てろよ! 今から俺が東雲探偵事務所の凶悪でうす汚い本性を暴いてやるぜ!! 《死神》なんて名乗ってる連中のせいで《監獄都市》のゴーストは日々、恐怖とストレスに晒されてるんだ! そんなのどう考えてもおかしいだろ!!」 「な……なるほど! つまりあなたは《死神》という存在そのものが誤りであると?」 「当たり前だ! だいたい《死神》なんて名ばかりで、みんなが思っているほど恐ろしい存在じゃねえ! それを今から俺が証明してやる!!」  長部はそう言うと、深雪の胸倉を掴もうと腕を突き出す。深雪は避けようと体を捻ったものの、動きを先回りされたあげく、逆に距離を詰められてしまった。長部は柔道か何かを習得しているに違いない。動きが剣崎(けんざき)に似ているのでピンと来たのだ。  だが、分かったところで対処できるはずもなく、深雪は不意を突かれ、あっという間にパーカーを掴まれてしまう。 「な……!?」 「へっ……馬鹿め! 俺は柔道三段だ! カメラの前で逃げられると思うなよ、雨宮……!!」  長部(おさべ)はそう言って得意げに耳元で囁く。深雪は長部の腕を押さえながら、胸中で舌打ちをした。掴み合いの喧嘩は深雪の最も苦手とするところだ。素手では柔道の有段者である長部には敵わない。勝てるとしたらアニムスを使った場合だけだ。  だが、この状況下でアニムスを使うわけにはいかない。《百花繚乱,S》や《天下無双ヒーローズ》を必要以上に怖がらせてしまうし、ぺこたんも撮影を続けている。ここで深雪がアニムスを使えば、長部の言う通り、東雲探偵事務所は恐怖の元凶だと喧伝(けんでん)するようなものだ。そんなことになれば事務所の活動にも支障が出てしまう。  だからと言って何も反撃しなければ、長部の言葉が事実だと認めてしまうことになる。 (長部の奴、俺に失態を演じさせ、それをぺこたんに撮らせる算段か……そうはいくか!!)  ところが先に堪忍袋の緒が切れたのはシロのほうだった。日本刀の柄にかけた右手に力を込め、(たま)りかねたように声を荒げる。 「その手を今すぐ放せ! これ以上、ユキに何かしたらシロが許さない!!」 「シロ……!?」  その反応を目にした長部は、待ってましたとばかりに嫌らしい笑みを浮かべる。 「ははっ、こりゃケッサクだ! 雨宮くんは《死刑執行人(リーパー)》のくせに、女に守ってもらわなきゃ何もできないのかよ!!」 「黙れ! シロは『女』じゃない! 彼女も一人前の《死刑執行人(リーパー)》だ!」 「はいはい、それって模造刀(おもちゃ)? サムライごっこなんて今どきサムいだけだよ。カッコイイとか思ってるならドン引きだから……ってか、こんな危険な場所に女の子を連れて来るなんて、マジで良識を疑うんですけど! おたくの危機管理、どうなってるわけよ!?」  シロの眉間にしわが刻まれていくたび、深雪は冷や汗が頬を伝うのを感じた。長部など怖くも何ともないが、シロの暴走のほうがよほど脅威だ。これ以上、シロを刺激してはいけない。深雪は鋭い声で忠告する。 「シロを侮るな、長部! 大人しくこの手を放せ!」 「それ脅しのつもりかよ!? どこまで女に頼りきりなんだお前? ダセぇ……あまりにもダサすぎるわ!!」  長部は徹底的に深雪を虚仮(こけ)にし、笑いものにするつもりだ。ぺこたん一行も決定的瞬間を狙ってカメラを回し続けている。それを意識してか、長部はどんどん増長していく。 (俺が下手に反応するとシロが手を出しかねない……! 自分がどれだけ危険なマネをしているのか分かってるのか!?)  焦りを(にじ)ませる深雪を見て、長部は何もできずに悔しがっているのだと勝手に勘違いしたものらしい。小躍りしそうなほどの満面の笑みを浮かべ、ここぞとばかりに煽り立てる。 「おっと、だんまりか? もしかして図星を指されちゃった? 駄目じゃん、雨宮く~ん。経験不足のくせに年長者に盾突くからさぁ! だから足元を(すく)われるワケよ! 反省してるなら今ここで謝ってくれる? 俺の面子(メンツ)をここまで潰しておいてさあ、なあなあで済ますつもりじゃないよなあ!?」 「なぜお前に謝らなければいけないんだ! ユキを……事務所のみんなを侮辱するのもいい加減にしろ!!」  シロが《狗郎丸》を抜刀するのと同時に、その瞳孔の淵が真っ赤に染まった。《ビースト》は肉体強化系のアニムス―――並み外れた瞬発力とパワーで鋼鉄をも絶ち斬る。深雪はとっさに叫んだ。 「シロ! 駄目だ!!」  一瞬の後、《狗狼丸》の切っ先は長部の首元でぴたりと止まった。まさに紙一重だ。長部も太刀筋が見えてなかったらしく、その証拠に嘲笑を浮かべたまま硬直し、何が起こったのか分からずに目を(またた)いている。  だが、目で追えないほどの剣速で首元に日本刀を突きつけられ、さすがに冷やりとしたのだろう。長部はようやく深雪の胸元から手を離した。  もっとも《狗狼丸》は勢いを殺しきれず、先端が長部の首に食い込み、一筋の血が垂れている。シロが本気になれば、ものの数秒で首と胴が真っ二つだ。それだけで済んだのは運が良かったとしか言いようがない。 「シロ、《狗狼丸》を下ろすんだ。俺は平気だから」 「う……うん……」  深雪が努めて冷静に声をかけると、シロはこくりと小さく頷き、日本刀の切っ先を下げた。ところが長部はシロが戦意を喪失したと見るや、再び調子づいて煽りはじめる。 「ははっ、ただの脅しかよ!? そりゃそうだよなあ、マジでやり合う根性なんて雨宮くんには無いもんなあ!!」 「お前……!」  シロの瞳に再び怒りの炎が灯る。それまで事態を静観していた長部の仲間たちもさすがにやり過ぎだと思ったのか、見かねたように口々に声を上げる。 「も……もうやめようよ、長部くん! さすがにこれ以上はヤバいよ!」 「そうだよ! あの日本刀、どう見ても本物だし、相手はあの東雲探偵事務所だし……マジで殺し合いになったら洒落になんないよ!!」 「ヘタレの役立たずどもが、偉そうに俺に指図してんじゃねえ!!」  仲間に喚き散らす長部に、深雪も説得の言葉を重ねる。 「もうよせ長部! 《死刑執行人(リーパー)》同士でいがみあって何の意味があるんだ!?」 「長部じゃねえ……長部『さん』だろ!! 敬語も使えねえのかよ、今どきのガキは!? ……なんだその目は!? やるならかかって来いよ! 本当にやれるもんならな!!」  どこまで事を荒立てれば気が済むのか。それとも一度振り上げた拳を下ろせないのか。長部は身を引くつもりはさらさら無いらしく、目を血走らせたまま深雪に食ってかかる。  キリキリと締め上げるような緊張感に耐えられなくなったのか、《天下無双ヒーローズ》や《百花繚乱,S》のメンバーから悲鳴が聞こえてきた。いつ一線を越えてもおかしくない。まさしく一触即発だ。  どうしかしなければと焦りが募るが、ここまで沸騰(ヒートアップ)してしまったら抑えるのも容易ではない。 (くそっ……一体どうすればいいんだ!?)  すると突然、その場にいる全員を一喝(いっかつ)する声が響き渡った。 「お前ら、くだらん馬鹿騒ぎはそこまでだ!」 「……!!」 
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