第一話 深雪とロボ①

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 さすがの新庄たちも息を呑み、一斉に黙り込んでしまうものの、彼らが心から反省しているわけではないのは明白だ。  そもそも№4という立場にありながら、チームメンバーを抗争へと煽り立てるばかりの新庄に一番の問題がある。怒りが収まらない深雪は、硬直したまま動けない新庄へと詰め寄った。 「耳障りのいい言葉を並べ立てて、自分の野望を正当化するな!! お前の軽率で独りよがりな判断のせいで大勢の仲間が犠牲になる可能性があるんだぞ!! そんなことも分からないのか!?」 「なっ……!?」 「そんなに№3になりたければ、まずはそれにふさわしい良識と責任を身につけろ!! このチームは……《ウロボロス》はお前の承認欲求を満たすために存在してるんじゃない!! 今度、馬鹿げた真似をしてみろ! その時は俺がお前を全力で叩き潰してやる!!」  鬼気迫る深雪に圧倒されて、誰も反論することができない。中にはすっかり脅えきっている者や、青ざめて震えている者もいる。  彼らも知っているのだ。どれだけ威勢のいい言葉を口にしようと、アニムスによる絶対的な『差』は覆すことは出来ないのだと。  深雪は冷徹な殺気を放ちつつ、新庄の耳元で囁く。 「……あまり調子に乗るなよ、新庄。俺はいつだって、お前を№4から引きずり下ろすことができるんだ。《ウロボロス》にいたければチーム全体のことを考えて動け。それが嫌なら……俺はいつだって相手になるぞ」  新庄は怒りで顔を真っ赤にしたまま肩を小刻みに震わせていたが、さりとて深雪とやり合うだけの気概(きがい)は無いらしい。深雪が№3であり、新庄が№4なのは、それなりの理由がある。アニムスを使って戦えば新庄は深雪に勝つことなどできない。新庄自身がそれを一番、理解しているのだ。 「ちっ……行くぞ、お前ら!」  「ま……待ってよ、新庄くん!」  新庄とその仲間たちは捨て台詞(ぜりふ)を吐きつつ、深雪を避けるようにそそくさと《ピアパルク》を出て行った。エントランスに一人残った深雪は顔を覆い、大きく溜め息を吐き出しながらソファに座り込む。 「くそ……! 何でいつもこうなるんだ……!!」  深雪も好きでこんな脅迫じみたやり方をしているわけではない。新庄ともその仲間たちとも、できればきちんと対話した上で《ウロボロス》のスタンスを理解してもらいたい。  《ウロボロス》に在籍しているのは、新庄や深雪のような戦えるメンバーばかりではない。むしろ火矛威や真澄のような非武闘派メンバーのほうが数としては多い。余計な争いを避けることが、彼らの身を守ることにも繋がる。だから《ウロボロス》は抗争には積極的に首を突っ込んでこなかったのだ。  ヘタレだからではなく、臆病だからでもなく、それが一番賢い選択だからだ。  しかし、新庄たちには説得がまったく通じない。コミュニケーションを取ろうとしても話が噛み合わないし、どれだけ下手(したて)に出ても反論しか返ってこない。同じ言葉を話しているはずなのに、恐ろしいほど意思疎通が困難なのだ。  そもそも新庄は深雪を№3の座から引き摺り下ろすことしか頭になく、端から話し合いに応じる気がないのだろう。そんな相手との対話にこだわっていたら先を見誤ってしまいかねない。どこまでも会話が平行線のまま、最後はアニムスで黙らせるという結果に終わってしまうのだった。 (でも……それじゃダメだ。力ずくで相手を黙らせるのは簡単だけど、それだと相手の信頼は得られない。恐怖による支配を続けていたら、その先に待っているのは間違いなくチームの『破滅』だ)  おまけに《ウロボロス》が抱えている問題は新庄だけではない。メンバーが増えれば増えるほど、衝突や(いさか)いも増えてゆく。その数が多すぎて一つ一つ丁寧に対処している余裕がないのだ。  新庄は言動が派手だから目立っているだけで、それ以外の揉め事も日々、無数に起きている。深雪が中心となって解決や仲裁に当たっているが、とても手が足りていない。(ヘッド)の翔陽はリーダーの自覚が希薄なため、№3の深雪にすべての負担がのしかかっている。どうにかこうにかみなの不満やストレスが爆発しないよう駆けずり回るので精一杯だ。  こんな危うい綱渡りを続けていたら、いつかとんでもない事が起きてしまうのではないか。それを考えると深雪は不安でならなかった。 (だからと言って、どうすればいいのか……)  方法はいくつかあるものの、どれも№3である深雪には権限が無いものばかりだ。できれば(ヘッド)である翔陽に決断して欲しいところだが、彼は責任が降りかかると、ああだこうだと言い訳をして判断を先延ばしにしてしまう。  深雪にはどうしようもないことばかり―――正直なところ、それが一番つらい。それでも№3としてチームをまとめなければ。  深雪がソファに座り込んでいると、そこへ火矛威と真澄がやってくる。最初声をかけたのは真澄だった。 「新庄さんと揉めていたみたいだね。深雪、大丈夫?」 「……ああ、大丈夫だ」 「新庄さん、ついこの間も『あのチームの奴らが気に食わない、ぶちのめしてやる!』って息巻いてたよな? そんで、そん時も深雪が止めたんだ。あれから半月も経っていないのに……()りないよな、あの人も」  火矛威も若干、うんざりしたような口調で頭を掻く。 「なーんか最近、ゴタゴタしっぱなしだよなー、うちのチーム。前はこんなじゃなかったのに」  真澄も優しげな目元に憂いを浮かべる。 「《ウロボロス》も急にメンバーが増えたから仕方ないよ。人が増えるだけ、考えや意見の違う人も増えるし」 「そりゃ頭では分かってるけどさ。なかなか慣れないっていうか……適応ってやつ? 難しいよな」 「……」  誰がどう見ても《ウロボロス》は上手くいってない。それは明らかなのだ。チームが混乱している責任の一端が自分にあるような気がして、深雪はますます肩を落とす。それに気づいた真澄と火矛威は深雪を励ました。 「深雪……」 「無理すんなよ。俺たちもできる限りのことはするから。つっても、俺たちにはその『できる限りのこと』があんま無いんだけど……」  深雪は小さく首を振ると、無理やり笑顔を作ってみせる。 「大丈夫だ。チームもみんなも……俺が絶対に守るから」  実際問題として、真澄や火矛威を対立の矢面に立たせるわけにはいかない。二人のアニムスは強力ではなく、その身に降りかかる危険は深雪の比ではない。何の装備もなしに雪山を登るようなものだ。 (小さなトラブルを数えたら切りがないけど、問題を起こすのは一部の連中に限られているんだ。新庄たちの賛同者が増えないよう俺が目を光らせていれば大丈夫。みんなの居場所を守るためにも、俺がしっかりしないと……!!)  その時、《ピアパルク》の扉が開き、新たな集団が現れる。深雪たち三人は顔を上げ、新たな一団を見て表情を強張らせた。  現れたのは《ウロボロス》№2の京極鷹臣(きょうごくたかおみ)とその一派だ。もっとも京極は新庄のように手下をぞろぞろと引き連れているわけではない。共にいるのはわずか四、五人の手勢だが、みな強力なアニムスを持っていたり、頭脳明晰(ずのうめいせき)だったりする。 「なんだ喧嘩か、雨宮? そこで新庄に会ったが、怒り心頭で出て行ったぞ」 「京極……!」  深雪は眉をひそめた。新庄は威勢こそいいものの単純なので、深雪ひとりでも制御できる。正直なところ一番手強いのは京極だ。この男は裏で何をしているか分からない不気味さを漂わせているにもかかわらず、簡単にはボロを出さないからだ。  京極は真澄や火矛威には一瞥(いちべつ)もくれなかった。二人に気づいているだろうに、会釈(えしゃく)しないどころか視界にすら入れない。ただ真っ直ぐに深雪だけを見て不敵な笑みを浮かべる。 「あいつは功名心が強いからな。お前を引き摺り下ろしたくてたまらないんだろう。大変だな、№3というのも」 「はっ……本気で言ってるのか? №2は余裕だな。チーム内のいざこざも高みの見物ってわけか」  本来であれば№2である京極にも《ウロボロス》をまとめる責任と義務があるのに、チーム内の問題への無関心さは(ヘッド)の翔陽と負けず劣らずだ。深雪がそういった皮肉を込めると、京極は涼しい顔をして受け流す。 「不満があるなら実力で覆し、お前が№2になればいい。何なら今ここで受けて立つが?」 「断る。俺は序列にこだわっているわけじゃない。それに……」 「それに……何だ?」 「お前のアニムスは戦闘タイプじゃないだろ。丸腰の相手を一方的に痛めつける趣味は俺にはない」  すると京極は背筋が凍りつくほどの冷やりとした気配を端正な目元に浮かべる。 「ふ……なるほどな。何ひとつ戦わずとも生きることを許された惰弱(だじゃく)な生き物は、そういったぬるい思考をするわけか」 「挑発しても無駄だ。俺の意思は変わらない。そんなことより……お前はチームの№2なんだ。もう少しその自覚を持てよ。№2を張るからには、お前も新庄の無謀な行動を抑えるべきだろ。ましてや……裏で新庄をそそのかしたりしてないよな?」 「……何のことだ?」 「新庄は短絡的だが、学習しないバカってわけじゃない。それなのにここ数ヶ月、何度も同じことを繰り返している。まるで何か焦ってるみたいにな。それで気づいたんだ。ひょっとして新庄を影で煽っている奴がいるんじゃないかって。どう思う、京極? まさか……お前が新庄を焚きつけてるんじゃないよな?」  深雪は低い声で問い詰めた。そう――新庄は単純だ。持ち上げられ、煽られるとすぐ調子に乗ってしまう。だから誰かに操られていても不思議ではない。  何か損害を被ったわけでもないのに、《バフォメット》に抗争を仕掛けるという案は、果たして新庄が考え出したことなのか。誰かに焚きつけられ、調子に乗って言い出したことではないのか。  ところが京極は動揺することなく、憎たらしいほど平然としていた。それどころか「にい」と挑発的な笑みすら浮かべて見せる。 「さあ? 俺には何のことか分からないな。ただ……誘惑というのはそれこそ、そこら中に転がっているんだ。その誘惑に打ち勝つか、それとも溺れるかは結局のところ本人次第だろう。そうは思わないか?」  深雪はムッとし、即座に反論する。 「詭弁(きべん)だな。お前の言い分だと、この世の詐欺師はみな無実ってことになる」 「だが、俺が新庄をそそのかしている証拠は『まだ』ないんだろう?」  京極の言葉は、深雪の疑念を肯定したも同然だった。「その通り、すべて自分の策謀です」と。あまりの言い草に深雪は思わずソファから腰を浮かせる。 「……! お前っ……!!」  京極の言う通り、『犯行』を証明するものは何もない。狡猾で隙を見せない京極のことだ。|迂闊《うかつ〕に痕跡を残し、尻尾を握られるようなことは絶対にしない。仮に証拠を掴まれたとしても、№2のポジション、みなの信頼など(かんが)みて、深雪の追及をかわす自信があるのだ。 「せいぜい足掻けよ、№3。このチームを……《ウロボロス》を守りたいんだろう? 大切な宝物はしっかり握りしめておけよ。その宝物が木っ端微塵(こっぱみじん)に砕け散って、両手の隙間から零れ落ちないように……な」 「……」  京極はいっそ清々しいほどの嘲笑を浮かべると、余裕のある足取りで深雪の前を通り過ぎ、カラオケボックスの奥へと向かった。  カラオケボックスの奥には(ヘッド)の翔陽の部屋がある。翔陽は不在だが、深雪と新庄の衝突が終わったことを知ればすぐに戻ってくるだろう。トラブルの気配を察知した途端するりといなくなってしまうが、嵐が去ればいつの間にか戻ってくる。それが翔陽だからだ。  そんな気ままで無責任なリーダーでも(ヘッド)であることに変わりはなく、チームに関して翔陽にしか決められないことがいくつかある。たとえばメンバーの加入の是非やチームの資金運用に関することだ。京極はその事について翔陽に話があるのだろう。  深雪は苦虫を噛み潰すような思いで京極とその仲間の後ろ姿を見送った。
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