第二話 深雪とロボ②

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第二話 深雪とロボ②

 京極が奥に消えたのを見計らい、火矛威(かむい)が眉根を寄せて口を開く。 「俺……京極さんって苦手なんだよな。存在を無視されてるっていうか……いないものとして扱われてる感じでさ。そういうの、嫌われるより地味に堪えるよな」  すると真澄も同意するように頷く。 「そうだね……京極さん、深雪とは目を合わせるけど、私や火矛威のほうはほとんど見ないし、最初から眼中にないって感じ」 「だよな!? まあ……あの人も深雪のことは認めざるを得ないんだろうけどさ」  それを聞いた深雪は静かに首を振る。 「……そうじゃない。京極は俺のことも眼中にはないよ。あいつはたぶん……俺の反応を見て楽しんでいるだけだ。俺がどこまで対処できるか、どこまで持ちこたえられるか、それを試しているんだ……本当に嫌な奴だよ」  最後は思わず吐き捨てるような口調になってしまう。真澄と火矛威はそこまで京極が脅威だと思っていないのだろう。戸惑ったように互いに顔を見合わせている。  京極を苦手としている二人でさえ、彼の本性に気づいていない。こういった事があるたび、深雪はぬるりとした気味の悪さを感じずにはいられないのだった。 (京極の奴……何が狙いなんだ? 新庄と俺を対立させたところで、№2のあいつに何か利益があるとも思えない。目的が読めないから余計に不気味に感じてしまう。あいつは《ウロボロス》で何をしようとしているんだ……?)  実のところ、深雪にとって新庄はそれほど脅威ではない。感情的で粘着気質だが、いたって単純な性格だからだ。次に取るであろう行動が読みやすく、そのぶん牽制(けんせい)もしやすい。何を考えているのか読めない京極のほうが数段、厄介な相手だ。  ああ見えて京極は喧嘩がべらぼうに強い。どれほど凶暴なアニムスを持った相手でも、素手であっという間に叩き伏せてしまう。深雪は京極とやり合ったことはないが、正直なところ《ランドマイン》を使ったとしても勝てる気がしない。  実際、京極は攻撃系のアニムスを持っているわけでもないのに、瞬く間に深雪を抜いて№2にのし上がり、確固たる地位を築いてしまった。しかも信じられないことに京極は人望も厚い。チームメンバーからも好かれており、カリスマ的な人気と信頼を得ているのだ。  だが、京極が深雪の前だけで見せる『本音』は危険思想そのものだ。自らは優れており、それ以外の他者は劣っていると真っ向から見下し、その驕り高ぶった考えを決して改めようとはない。  だが、京極がその本性を見せるのは深雪の前だけだ。そのため京極がどれだけ危険な存在か他のメンバーは知らない。それがなんとも言えずもどかしく、歯痒いのだった。  できることなら、今すぐにでも京極を《ウロボロス》から追い出してやりたい――それが叶わなかったのは、(ヘッド)である翔陽が京極をいたく気に入っているからだ。  新庄を軽々とおだてて操る京極にとって、翔陽の好感を得るなど造作もないことだろう。現に深雪が京極の責任を追及するたび、翔陽は彼をかばう。深雪には頭の痛いことばかりだ。  何度目かの溜め息をついていると、再びカラオケ店の扉が動く気配がした。京極の時とは違って重いスチール製の扉が遠慮がちに開かれる。それに気づいた火矛威が入口に視線をやり、現れた人物へ声をかけた。 「誰かと思ったらロボじゃねーか」 (ロボ……? そんな奴、いたっけ?)  深雪が疑問に思いながら扉へ視線を送ると、入口に見覚えのある少年が立っていた。  細身の体型で身長は深雪よりやや高く、京極よりは低いものの、ひどい猫背のせいか深雪と同じくらいの背丈に見える。とにかく口数が少なく、声を発しているところはほとんど記憶にない。良く言えば寡黙で大人しく、悪く言えば陰気で何を考えているのか分からない少年だ。  いつも大型のイヤーマフを両耳に当てており、それも彼の内向的なイメージを増幅させていた。  たいてい京極と一緒に行動していて、京極の命令には絶対服従だ。いわゆる京極の手勢の一人だが、ロボに関してはその陰気なイメージのせいか、『使いっ走り』と表現したほうがふさわしい。 (確か……こいつも京極と同じくらいの時期に《ウロボロス》に入って来たんだっけ。京極が重用するくらいだから優秀なんだろうけど……あまりパッとした印象はないんだよな)  もっとも深雪はロボという少年のことをよく知らない。トラブルへの対処で忙しく、問題を起こさないメンバーとはなかなか話す機会が持てないのだ。  少年は無言で、感情のない無機質な視線を店内に巡らせる。それに気づいた真澄が声をかける。 「京極さんなら店の奥にいるよ」 「……ども」  少年はやはり無表情だった。言葉少なにそれだけ告げると、京極の後を追ってエントランスの奥に向かう。歩く姿もまるで影のように存在感がない。トレードマークである大型のイヤーマフが無ければ、存在そのものを忘れてしまいそうだ。 「彼、ロボって呼ばれてるのか」  深雪は火矛威に尋ねた。 「京極さん以外のメンバーとは滅多に喋らないし、いつも無表情で機械みたいだから『ロボ』。ロボットのロボだよ」 「そうか……知らなかった。本名は何ていうんだ?」 「さあ……みんなロボって呼んでるから、俺も名前は知らねー。知ってる奴、ほとんどいないんじゃねーか?」 「……」 「俺、あいつのことも苦手なんだよな。なに考えてるのか全然わからねーし。犬みたいに京極さんべったりだし。あいつが怒ったり笑ったりしてるとこなんて想像もつかねーよ。マジでロボットなんじゃねえの?」  火矛威はおどけて言うと肩を竦めた。真澄はそんな火矛威の背中をべしっと叩く。 「もー、そういうこと言わないの! ロボくんの本名は『北斗政宗(ほくとまさむね)』だよ。戦国武将みたいな名前だよね」 「へー、意外とカッケー名前じゃん。つーか真澄、よくロボの名前なんて知ってたな?」 「へへ……昔から人の顔や名前を覚えるのは得意なんだ!」 「……」  二人のやり取りに耳を傾けつつ、深雪はロボの消えたエントランスの奥を見つめた。 (北斗政宗……か。本当は彼とも話したほうがいいんだろうけど……そんな余裕、全然ないな。京極に遠慮してるのか、北斗も俺には滅多に近寄らないし……。俺も新庄の前では№3だと威張ってるけど、その役目をまっとうしているとは言い難いのかもな……)  深雪は再び肩を落とす。《ウロボロス》の暴走は絶対に食い止めなければならない―――その考えに変わりはない。だが、みなの前で威勢の良いところを見せれば見せるほど、自分がアニムス以外には何も無い、空っぽな人間だと突きつけられるようで、ずしりとした重苦しさに包まれる。  現に深雪は話し合いを成立させるどころか、新規メンバーの顔や名前も十分に記憶していない。横暴な京極を牽制することも、無責任な翔陽を説得することもできていない。  否応なしに自分の実力不足を痛感させられて、余計に気が沈んでしまう。さりとて深雪一人の力だけでは何も解決できない。  ただ、どれだけ苦しくとも火矛威と真澄の前で弱音は吐けなかった。二人に心配かけたくなかったし、不安にさせたくもなかった。何より二人を新庄や京極に近づけたくなかったのだ。  そんな深雪の苦しい心中を察してくれたのか、真澄は励ましの声をかけてくれる。 「あまり自分を責めちゃ駄目だよ、深雪」 「え……?」 「深雪のことだから、きっと北斗くんの名前を覚えてなかったって後悔してるんでしょ?」 「ああ、いや……」 「焦らずにいこうよ。確かに急にメンバーが増えて、いろいろ大変なことも多いけど……《ウロボロス》に頼らざるを得ない深刻な事情を抱えた子も多いし。私たちゴーストだけでやっていくしかないんだから助け合わなきゃね。人が増えるって基本的には良いことだと思うから、きっとみんなで乗り越えられる方法があるはずだよ」  普段は大人しくて気が弱く、体も弱かった真澄だが、決して愚痴や文句を口にすることはなかった。こうして深雪や火矛威が落ち込んでいる時は、どれだけ自分の体調が悪くとも気丈に振舞い、前向きな言葉を発してくれた。真澄の笑顔を目にし、火矛威と深雪も少しだけ明るい表情になる。 「……そうだよな。不安なことも多いけど、これまで何とかやってこれたんだし。マジで深雪のおかげでチームがもってるようなもんだよ。だから責任感じるのも分かるけど、ひとりで背負い込みすぎるなよ」 「……分かってるよ。ありがとな、二人とも」  思えば、その頃はまだ平和だった。多少の問題があっても自分たちで解決できる範囲内のことだったし、衝突が起こっても『子どもの喧嘩』で許容されるレベルだった。  チームが大きくなれば新規メンバーが増え、それだけいざこざや対立も増えてゆく。昔のようにチームメンバー全員が何のわだかまりもなく心を許し合い、打ち解け合うのは難しいかもしれない。それでも諦めずに努力を続けていれば、いつかうまくやっていける時が来る―――そう一縷(いちる)の望みを託していた。  だが、深雪や真澄、火矛威の抱いていた切なる想いとは裏腹に、《ウロボロス》は凶悪化の一途をたどっていく。一度、坂道を転がりはじめたら、あとはひたすら転がり落ちていくだけ。誰一人としてチームの暴走を止めることができなかった。深雪でさえ何が起こっているのか把握しきれていなかったし、おそらく他の誰にも悪化する事態をコントロールすることなどできなかっただろう。  そして、ついにあの惨劇が起こってしまったのだ。
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