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「そうやってムキになるのが何よりの証拠でしょう! でも京極さん……残念ながら、あなたにチャンスはめぐってきませんよ。あなたは人を支配し、操って破滅させることに無上の喜びを感じる傲慢で暴虐なサディストだ! そんなあなたの本性に、雨宮さんだけは気づいているんだ!」
一気に喋ったからかだろうか。息は上がり、舌はもつれそうになるが、それでも北斗の口は自分のものではないように止まらない。
「……あの人は正義感が強く、強情な人です。人間の心の闇を知らない、まっすぐな人でもある。だからこそ深い虚無を抱える俺やあなたを受け入れることはない。理解することも、認めることも、服従することもない……!! あなたもそれを痛感したから雨宮さんを殺すことにしたんだ!! 決して手に入らないなら、誰かに奪われる前に壊してしまえばいい―――その目的を果たすためだけに、あなたは《ウロボロス》を巻き添えにしたんだ!!」
北斗が何より許せないのはそこだ。京極が雨宮にどんな感情を抱いていようが、そんな事はどうだっていい。北斗のあずかり知らぬところで好きなだけ対立し、潰し合えばいい。何故、そんな馬鹿馬鹿しい争いに《ウロボロス》のみなを巻き込んだのか。何故、翔陽や自分が当然のように『かませ犬』をやらなければならないのか。
京極の弱さの尻拭いを、北斗たちがしなければならない理由が一体どこにある。
逆光の中、京極はその端正な目元をすっと細めた。余裕に満ち溢れていた態度に、今はどこか怒気を孕んでいる。京極のそんな表情を見るのは初めてだった。北斗は確信する。自分の突きつけた指摘は事実だと。
あるいは京極自身も、己の本心に気づいてなかったのかもしれない。
そう悟ると、何故だか笑いが込み上げてきた。愚かな奴だ。普段はいかにも意識高い系を装っているくせに、大したことはない。こいつも所詮、弱い者を虐めて日頃の鬱憤を晴らす下らない連中と一緒だと。
奇妙な優越感を抱きつつ、北斗は続ける。
「あなたはその本心を《ウロボロス》の誰にも悟らせることはなかった。ただ一人、《イーブスドロップ》を操る俺だけは、音で『見抜いて』いたんだ」
「……」
北斗はだいぶ前から気づいていた。京極が雨宮を目の前にすると、わずかな異常が現れることに。心拍数や脈拍が上昇し、声音も若干、上がるのだ。
普通の人間であれば気づかないほどの微細な変化だが、《イーブスドロップ》を持つ北斗はその違いを聞き分けることで、京極の本心を知ることができた。知っていながら、気づかないふりをしていたのだ。
京極が雨宮をどう思っていようと、北斗にはどうでもいい事だ。京極には《ウロボロス》の№2としてチームをまとめ、頭の御子柴翔陽を支え、みなを引っ張ってくれさえすれば良かった。彼が本心では何を考え、何を望んでいるか。北斗には一片の興味もない。
「……これで分かったでしょう? 自分だけはこの世の全てを見通すことができる……そんなのはただの思い上がりですよ! あなただって所詮は俺と同じなんだ! 自分だけは特別だと思い上がって、世の中の全てを見下している。他の誰が苦しんでも自分だけは負け組にならないと常に『攻略方法』を考えている……!! でもその実、何ひとつ満足にできやしない俺と同じ、ただの無力で馬鹿なクソガキなんだ!!」
北斗は一気にまくしたてた。呼吸は乱れ、声もみっともなく裏返ったが、それでも言わずにはおれなかった。
京極はそんな北斗を冷ややかに見下ろす。蔑み笑うでもなく、さりとて真剣に相手取ることもない。怖ろしく無機質な瞳。
「お前の言いたいことはよく分かった……それで? 北斗、お前は何を望んでいるんだ?」
「《ピアパルク》の狂乱を鎮め、今すぐ雨宮さんを解放してください! あの扉を開け放ち、チームのみなに冷静になれと説得してください!! 今なら……今ならまだ引き返せる!! 《ウロボロス》の全滅を防ぎ、多くの命を救うことができるんです!!」
すると京極は「にい」と口の端を吊り上げた。冴え冴えとした彼の瞳には、それまでになく凶暴な光が宿っている。
「それはできない相談だな」
「なっ……どうしてですか!?」
「だって……ここで終わらせてしまったらつまらないだろう」
「はっ……!?」
―――何を言っているんだ、こいつは。あまりにもくだらない答えに、北斗は素っ頓狂な声を発してしまった。しかし、京極はナイフを右手にふらりと立ち上がる。
「確かにお前の言う通り、この決起集会の目的は雨宮だ。あいつにトラウマになるほどのダメージを与え、《ウロボロス》のメンバー殺しの罪を被せる。正義感と責任感の強い雨宮は、さぞや苦しむことになるだろう。それこそ失われた命の数に恐れおののき、罪の意識に苛まれ、己の生や存在そのものに疑問を抱いて、一時たりとも心休まる時が無くなるほどにな。だが今、それに新たな目的がひとつ加わった。そう……北斗、お前だよ」
ぞくりとするほどの悪意に満ちた囁き。北斗は息を呑んだ。頬に冷や汗を滴らせながら見上げると、京極の瞳がより一段と獰猛な光を帯びているのに気づく。
それは上空で獲物を発見した猛禽類の瞳だ。冷え冷えと澄んだ硝子玉、その中にくっきりと浮かび上がる闇夜のような瞳孔。そこに映し出された北斗は、怯えもあらわに全身を硬直させていた。さながら蛇に睨まれた蛙のように。
全身がぞっと粟立ち、凍るような冷気が気道から肺まで入り込んで、呼吸をするのも苦しい。息を吐き出すたび、ひゅうひゅうと奇妙な音がする。全員がガタガタと震え、どれだけ抑えようとも止まらない。
防衛本能が囁いている。一刻も早く、この場から逃げろ。お前はとんでもない化け物を相手にしているんだぞと。
しかし、どれだけ危機感を抱こうと、体は神経がマヒしたかように言うことを聞かない。恐ろしくてたまらないのに、京極から目を逸らすこともできない。
その間も京極は血に濡れたナイフを右の手のひらで無造作に回転させ、見せつけるかのように弄んでいる。それを目にしてもなお、北斗は指一本、動かすことができないのだ。京極は小首を傾げ、北斗に告げる。
「……調子に乗って喋りすぎたな、北斗。ロボットはロボットらしく、最後まで無言を貫けばよかったんだ。そうすれば無駄に苦しむことも無かったのにな……」
「な……何を……!?」
「お前には《ヴァニタス》の影響が見られない。俺の命令を破って《ピアパルク》の外に出たのが何よりの証拠だ。《ウロボロス》のメンバーは……雨宮でさえ《ヴァニタス》の支配下にあるのに、何故、お前だけが自由なんだろうな?」
「そ、そんな事、知りませんよ!!」
「だったら、今ここで教えてやろう。《ヴァニタス》は視線を介して相手を洗脳するアニムスだ。俺の瞳を注視することで、標的の脳神経に《ヴァニタス》を刻み込んでいく。だがお前は、一度たりとも俺の目を見なかった。いや、俺だけじゃない。お前は誰とも視線を交わさない。それは何故だ? お前が他者を恐れているからだ! 他者の顔色を恐れ、衝突や葛藤を恐れ、誰かに自分の領域が踏み荒らされるのを恐れているからだ!」
「……!!」
ヒュッと喉の奥が鳴った。胸にナイフを突き立てられ、心臓をえぐり出されたかと思った。脳天をぶん殴られたような衝撃に、くらくらと眩暈まで覚える。
一瞬、思考がフリーズし、頭の中が真っ白になったかと思うと、強烈な羞恥心に襲われる。
それが事実だと、北斗自身が誰より理解していた。他人が怖い―――他者の本音を知るのが怖い。その弱さが育った環境のせいなのか、《イーブスドロップ》のせいなのか、それとも生来の性格によるものか。原因は自分でも分からない。
だが、己の弱さを京極に見透かされていたと思うと、恥ずかしさのあまり全身が熱を帯び、耳まで真っ赤に染まる。京極を追い詰めたと思ったのは一瞬で、逆に自らの弱さや欠点を突かれ、袋のネズミにされるとは思いもしなかった。
「……お前は他人に心を開けないどころか、人の目もまともに見返せない小心者の腰抜けだ。そんな臆病者ごときが、俺の事をさも分かったように語るな!!」
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