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そうしている間にも扉の向こうから助けを求める声が聞こえてくる。《イーブスドロップ》を介し、まるで耳元で訴えるかのように、はっきりと聞こえてくる。みなの悲鳴、絶叫、そして金切り声が―――
「誰かぁぁ! ここを開けてくれぇぇ!!」「く、苦しい……息ができない!!」
「熱い、熱いよ!!」
「助けて、お母さん!!」
「死にたくない、死にたくない死にたくない!!」
北斗は動く手足を使って自販機やLED看板の凹凸に手をかけ、這うようにして身を起こすと、《ピアパルク》の扉に飛びついた。
ドアノブを掴むと、打たれた鉄のように熱い。あまりの熱で手の平の皮膚が焼けどろどろになり、ジュウと音を立てて煙まで上がる。あまりの痛みで痛覚がマヒしているのか、何かを握っている実感すらない。
それでも北斗は歯を食いしばって耐え、ドアノブを回した。しかし、スチール製の分厚い扉はびくともしない。
「何で……何で開かないんだ!? 何で、何で、何で!! 開けよ! 開けよ、開けよ!! 開けぇぇぇぇぇぇ!!」
狂ったようにドアノブを回し、全力で引っ張った。切断されかけた片腕はおかしな方向へ折れ曲がり、片足もナイフを突き立てられ、うまく力が入らない。だから辛うじて動く左手だけで溶岩のような熱を発するドアノブを掴み、全身の体重をかけて引っ張った。何度も、何度も引っ張り続けた。
だが、扉は頑として動かない。
「うおおおおおあああああああああああっ……!!」
渾身の力を込め、ドアノブを引っ張ったその時。何かが壊れる音がして、北斗は後ろにひっくり返った。
床に強かに後頭部を打ちつけ、痛みに悶えながらも、弾かれたように《ピアパルク》の扉へ視線を向ける。ひょっとして扉が開いたのか。とうとう開けることができたのか。
しかし、肝心のスチール製の扉はがっちりと壁にはまり込んだまま、何の変化もない。
一方、北斗の手には扉のドアノブがあった。熱で内部の部品が破損したのか。ドアノブが壊れ、扉から外れてしまったのだ。
「う……嘘だろ……!?」
もう扉は開かない。ドアノブすら壊れてしまった。裏手に回れば非常階段があるが、京極のことだ。そちらも厳重に封鎖しているだろう。《ピアパルク》は地下施設だ。入口が封じられてしまったら逃げ場所はない。もし消火設備や防火扉が設置してあっても、最大出力の《ランドマイン》の前では無力に等しい。
この時、北斗ははっきりと悟った。己は道を誤ってしまったのだと。
もう《ウロボロス》のみなを助ける方法はない。誰も北斗たちを助けてはくれない。不平や不満を口にしならがも、それなりに幸せだったあの日々は、もう二度と戻ってこないのだと。
「どうして……どうしてこんなことになってしまったんだ……!? どうして……!!」
分岐点はいくつもあった。たとえば雨宮深雪は北斗と対話を試みようとしていた。
だが北斗は自分の矮小さに目を背け、まっすぐな雨宮に嫉妬し、せっかく対話しようと向けられた彼の言葉を、すげなく撥ねつけてしまった。
雨宮を見ていると嫌というほど思い知らされる。この世には正義を貫ける強さを持った人間がいることを。その強さは、少なくとも今の北斗には無いことを。
雨宮がチームのために奮闘すればするほど、北斗は激しい劣等感や自己嫌悪に駆られた。胸の奥がザワザワし、まるで自分の存在を否定されるかのような苦々しさや忌々しさに襲われるのだ。それはひとえに己の弱さや臆病さ、そして愚かさが原因であり、雨宮には何ら非がないと分かっていたが、それでも事実を受け入れることができなかった。
そんな己のちっぽけな自尊心を守るために、北斗は危険だと知りつつも、甘く歪んだ言葉を囁く京極に依存し、いつしか言いなりになっていた。
京極の言葉を信用したことなど一度もないが、№2である京極の命令を遂行すれば、こんな自分にも価値があるのだと自他ともに認めさせられる。《ウロボロス》での立場を確たるものにし、陰で叩かれてきた「陰気で貧弱なネクラ」という嘲りの声を黙らせることができるのだ。
京極もそんな北斗の心理を見透かした上で、手元に置いたのだろう。何でも言うことを聞く、卑屈で便利な手駒として。
たったそれだけのために―――自分のメンツとプライドを死守しようとするあまり、北斗は何が一番大切なのかを見失っていた。自分には何の力もないのだとあきらめ、投げやりになり、全ての判断を京極にぶん投げていた。
あれほど翔陽に気遣ってもらいながら心を開くこともできず、感謝の言葉さえ伝えることもできなかった。
自分はどこかで選択を誤ってしまった。よりにも寄って、いくつもあったはずの選択肢の中から最悪のものを選んでしまった。眼前の《ピアパルク》がその結果なのだ。
無念と悔恨の涙が、血と泥にまみれた北斗の頬を濡らす。
「すみません、御子柴さん……! すみません、雨宮さん……!! みんな、みんな……俺を赦してくれ……!!」
目の前には、先に転がり落ちていた御子柴翔陽の首が横たわっている。北斗は辛うじて動く片手でそれを抱きしめた。それしかもう、自分にできることは無かった。
物言わぬ首を抱えながら、北斗は口の中で何度も何度もつぶやく。唇を噛みしめるあまり皮膚が裂け、血が滲んで鉄のような味が口に広がるが、それでも構わずつぶやき続ける。
「京極……許さねえ……! ぶっ殺してやる!! 必ず……必ずぶっ殺してやる!!」
地響きを伴った爆発音が扉の向こうから幾重にも響いてくる。間違いない、雨宮の《ランドマイン》が暴走しているのだ。
やがて襲い来る《ランドマイン》の爆破を生き延びることができるか。再び京極とまみえる日が来るのか。今は何も分からない。
たとえ死んだとしても、この屈辱を、この無様な敗北を、そして京極の仕出かしたことを決して忘れるものかと固く心に誓った。
生き延びるのだ。どれほどの屈辱を受けようとも、どれほどの艱難辛苦が待ち受けていようとも。生きて、生きて生きて、強くならなければ。そして戦うための知恵と力を手に入れるのだ。
劣等感や自己嫌悪など、いざという時に何の役にも立ちはしない。あまつさえ他者に依存したところで何になる。己が身すら守れない者に、いったい何が守れるというのか。いや、何も守れはしない。より邪悪でより狡猾な者に容赦なくむしり取られるだけだ。
弱い自分、幼い自分はここに置いていく。自分には何の力も無いから、特別なものは何一つ持ち合わせていないから―――そんな言い訳に甘え、自暴自棄になって現実逃避をしていた自分は全てここに置いていく。
強くならなければ。誰よりも、何よりも、強くならなければならない。
そしていつか必ず、この場所に戻ってくる。今度こそ理不尽や不条理と戦うため。そして自分の犯した罪をあがなうために。それがみなの命を奪った己の果たすべき宿命に違いないのだから。
それからいくらも経たず、まばゆい閃光が周囲を包み、北斗は《ピアパルク》のビルもろとも巨大な爆炎に呑み込まれた。それが北斗政宗―――東雲六道に残っている記憶の全てだ。
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