第二十五話 引き継がれるもの②

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第二十五話 引き継がれるもの②

 六道の手足が失われたのは、雨宮のせいだけではない。もちろん《ランドマイン》の暴発が直接の原因だが、その前に京極がナイフで斬りつけたことも影響している。  ナイフを刻まれた片手片足が爆発をくらい、切断面が焼け焦げ、炭化してしまったのだ。そこまでいくと、さすがに現代医療でも元に戻せないらしい。  だから六道の右手と左足が失われたのは、《ランドマイン》だけが原因とは言えないが、それを雨宮に打ち明けるつもりは無い。その方が六道にとって都合がいいからだ。  雨宮は六道の手足を奪ったのは自分だと思っている。その罪の意識が(くさび)となって、雨宮(かれ)を《中立地帯の死神》という役目へと繋ぎ止めるだろう。  そのためにも真実など知ってもらっては困る。雨宮の言う通り、六道は彼の罪悪感を己の目的のために利用しているのだ。  自分は雨宮のように『まっすぐ』にはなれない。歪んでいて弱く、他人を完全に信用することができない。他者を利用するしかできない人間なのだ。手足を失い、自分では動けないから他者を利用しているのではない。生来、そういう性格なのだ。染みついた生き方を、今さら改めるつもりは無かった。 (京極は明らかに雨宮に執着している。奴にとって雨宮が『特別』なのは間違いない)  斑鳩(いかるが)科学研究センターによって生み出されたクローンは大勢いる。その中で何故、雨宮だけが特別なのか。六道は正直なところ興味は無い。ただ、京極が雨宮に異常なこだわりを見せる以上、それを利用させてもらうだけだ。  もっとも、京極の気持ちも分からないではないが。 (雨宮は決して京極を受け入れることはなかった。だが、それが京極を追い詰めていたことに、雨宮は果たして気づいているだろうか……?)  京極は雨宮に執着していたが、好意を抱いていたかといえば、それは否だ。京極は雨宮の性格や考え方を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っていた。北斗政宗と同じか、それ以上に。それでも京極は雨宮に何かを求めている。昔も、おそらく現在も。  思えば京極も『一人』だった。常に周りに部下を従え、カリスマ的人気と信頼を得ながらも、京極を心から理解する者は《ウロボロス》にはいなかった。  それは北斗政宗(ほくとまさむね)も例外ではない。《イーブスドロップ》によって京極の本音をうっすらと察していても、完全には理解していなかった。だから、あれほど手ひどく京極に裏切られたのだ。  京極の考えを理解していたなら、北斗に《ピアパルク》の鍵を手渡し、「見張れ」と命令を下した時点で京極の行動を予想し、《ウロボロス》の壊滅を防いでいたはずだ。  そして《ウロボロス》のメンバーも№2の京極にチームを引っ張る強いヒーロー像を求めていたが、誰も京極の胸中に目を向けようとはせず、その真意に気づいてすらいなかった。  もし気づいていた人物がいたとすれば、それは№3だった雨宮深雪、ただ一人だけだ。  京極の危険性を誰よりも理解する雨宮だけが、京極の唯一の理解者だった。他者に無関心であり、(さげ)んですらいた京極が雨宮にはこだわるのも、そこに原因があるのかもしれない。 (だが皮肉なことに……当の雨宮は一度たりとも京極の思考や感情に寄り添ったことはなかった)  期待して近づき、そのたびに拒絶され、それでも『唯一の理解者』を求めずにはいられない。そして得ようとすればするほど対立と軋轢(あつれき)は深まっていく。その先に待っているのは無限の負のループだ。  他者に理解されないことがいかに孤独か。自分の渇望(かつぼう)するものが手に入らないことがどれだけ苦しいか。きっと雨宮は知らないに違いない。 (いや……雨宮が知る必要はないことだ。京極の境遇や過去がいかに悲惨(ひさん)であろうと、奴の仕出かしたこと、これから計画していることは、決して(ゆる)されるものではない。誰かが京極を止めなければ……奴をこの街から排除することが、《死神》たる俺の最後の仕事だ)  京極が二十年前と変わらぬ姿で目の前に現れた時。六道は驚愕(きょうがく)し、過去を思い出して戦慄(せんりつ)し、そして全身が震え出すほど歓喜した。  もう二度と会うことはないだろうと思っていた京極を、この手で(ほふ)るチャンスが転がり込んできたのだ。嬉しくないはずがなかった。  それは私怨(しえん)や復讐などという単純な感情ではない。京極こそが《ウロボロス》を壊滅させた黒幕だと、六道と雨宮だけが知っている。だからこそ、六道が京極を葬ることには特別な意味がある。  京極は北斗政宗をはじめとする《ウロボロス》のメンバーを心の底から見下し、侮っていた。虫ケラと(さげす)んでいた相手に『断罪』されることほど屈辱はないだろう。  何より六道が京極を倒せば、京極の歪んだ思想が間違いだと証明することができる。御子柴翔陽(みこしばしょうよう)や《ウロボロス》のみなは軽々しく命を奪われていい存在ではないと、京極に思い知らせてやれるのだ。  だから京極を『裁く』のは六道でなければならない。京極が唯一、対等だと認めた雨宮では意味がないのだ。 (京極、お前は言ったな。俺にこの世の地獄を味あわせると。そして俺がどれだけ与えられた幸せの上に生きてきたか思い知らせてやると。お前の企み通り、俺は斑鳩科学研究センターで『実験台(モルモット)』となり、|まさに阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄ともいえる凄惨(せいさん)な体験をした。だが京極、お前は計算違いをしてしまった)  一つは斑鳩科学研究センターで六道が《イーブスドロップ》と引き換えに《タナトス》を手に入れたこと。もう一つは研究所での経験によって、ただの卑屈で歪んだ子供(ガキ)だった六道が強い信念と強靭(きょうじん)な精神を得たこと。最後は六道が京極より先に《監獄都市》へ戻り、《中立地帯の死神》となったことだ。 (お前が俺の人生を大きく狂わせたおかげで、俺は戦うための力を手に入れ、《死神》となった。皮肉なものだな……京極。お前の仕打ちが(かて)となり、今日の俺を作り上げた。俺を殺さなかったことが、お前の最大の過ちだ。ならば……俺の手によってお前の業罪(ごうざい)一刀両断(いっとうりょうだん)にするのが本望というものだろう)  六道はふと息を吐き、墓所の天井をふり仰いだ。頭上から降り注ぐ一筋の清廉(せいれん)な光を見ながら思う。古今東西の神も、六道の所業を赦しはしないだろう。京極鷹臣が決して赦されないのと同じように。  六道は幾度もその手を血で汚し、ただ一人だけのうのうと生き残ってきた。己に正義があるとも、正義を語る資格があるとも思っていない。今さら善人になろうとも、清廉潔白であろうとも思わない。地獄の業火で身を焼かれても足りない餓鬼畜生の大罪人とは、まさに自分のことを言うのだろう。 (もはや己が身はどうなろうと構わん。京極……お前だけは共に地獄へ連れて行く。俺が生き延びたのはきっと、その時のためだったに違いないのだ……!)  京極の目的は何か。何故、二十年という時を経てこの街に戻ってきたのか。あの男の背後に何がいるのか。六道がこれまで築いた人脈と情報網によって、その全容を解き明かしつつある。そして京極が次に取るであろう一手も。 (京極……お前に雨宮は渡さない。他の誰にも雨宮は渡さない)  雨宮が斑鳩科学研究センターに戻れば、『実験台(モルモット)』の生活が待っている。そこから雨宮を救ってやれる方法は、確固とした『力』を与えることだけだ。《中立地帯の死神》でいる限り、雨宮は少なくとも『人間(ヒト)』でいられる。  《監獄都市》に縛ることで、雨宮を守る。それが雨宮からあるべき人生を奪ってしまった六道の、唯一の贖罪(しょくざい)だった。  ただ、六道に残された時間は少なく、できることも限られている。さらさらと崩れ落ちてゆく砂時計のように、血を吐くごとに体力が削られ、弱っていく身体。その事実に思いを巡らすたび、身を掻きむしりたくなるほどの焦燥(しょうそう)を覚えた。  六道が《中立地帯の死神》となることで《休戦協定》が結ばれ、血で血を洗う壮絶な抗争は数を減らした。それでもまだまだ足りない。この街には許しがたい暴力と不条理があふれ、弱い者や非力な者は容赦なく虐げられているのだから。  まだやらなければならないことは山ほどある。それなのに、六道に許されている時間はあまりにも短いのだ。  だが、今は不思議と心が落ち着いていた。それは雨宮が六道に行くべき道を指し示してくれたからだ。  この《監獄都市》を―――東京を雨宮へと託す。  これまでは誰かに頼るなど考えもしなかったし、心の底から誰かを信じて託そうと思ったことも無かった。だが、雨宮深雪なら信じられる。  六道と同じ罪を共有し、京極を仇敵とし、大勢の仲間の命を背負っている雨宮だからこそ信じられるのだ。  雨宮は《中立地帯の死神》となることを選択してくれた。彼は六道が《死神》として背負ってきたものを、共に背負ってくれる覚悟を決めてくれた。  路地裏で雨宮が北斗に声をかけてきたあの日から、気の遠くなるような長い時間がかかってしまったが、ようやく今、二人は同じ方向に向かって歩み出したのだ―――
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