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第二十六話 長部への反撃①
かつて東京の大動脈として交通網を支えた高架橋はその役割を終え、無残に朽ち果てようとしていた。
手入れの行き届かないコンクリートの柱はひびだらけで、斜めになった橋桁はアスファルトが崩れ落ち、レールも垂れ下がっている。いつ崩落してもおかしくはない危険な場所であるため、ゴーストたちも高架橋の下には棲みつこうとはしない。
そんな人通りの少ない崩れかかった高架橋の下。
《百花繚乱,S》の頭、最上保志は、密かに《死刑執行人》の長部駿介と会っていた。長部を呼び出す時は、必ずといっていいほど人目がない場所を指定される。おそらく長部は、金をやり取りする場面を他のゴーストに見られたくないのだろう。
体を縮こませる最上に、長部はガムをくちゃくちゃとさせながら目を細め、横柄な態度で口を開いた。
「今回はやけに早いじゃねーか……それで? 目標の金額、五十万は集めたのかよ?」
「い、いえ……まだそこまでは」
「んっだよ、使えねえ野郎だなあ! お前にしろ他の連中にしろ、《百花繚乱,S》はマジで使えねえ奴らの集まりか! ゴミはどんだけ集まってもゴミだなあ、おい!]
「す……すんません!」
「謝りゃいいってもんじゃねえよ。ナメてんのか? 五十万だぞ、たった五十万! お前んとこのメンバーは三十人足らず。一人当たり二万ずつ稼げば、あっつーまにクリアできんだろ!? お前、簡単な算数もできねーのか!?」
長部は声を荒げると、パンツのポケットに両手を突っ込んだまま、上半身をぐいと乗り出して迫る。がっちりとした筋肉質の長部にくらべると、痩せ型の最上は見るからに弱々しく、びくりと身を竦ませ、上擦った声で訴える。
「く…口でいうのは簡単だよ! だけど僕らは《監獄都市》に来たばかりで、どうやってお金を稼げばいいかも分からなくて、自分たちが生活するだけでもいっぱいいっぱいなんだ! それなのに……! 長部さんには『はした金』でも、僕らにとっては大金なんです!」
「だから何よ?」
長部はすがすがしいほどバッサリと切り捨てる。
「な、何って……」
「そんなの関係ねーだろ。これはお前らに課せられた義務なの、義・務! 《監獄都市》の外でも携帯料金は払ってただろ? 光熱費も水道代も学校の授業料も、文句言わず払ってたよな! それと同じ話だろ。何で分かんねーかなあ?」
「で、でも……!」
「でもじゃねーのよ。二万は大金だって言うけどなあ、この程度のノルマも達成できねえの、俺が面倒見てやってるチームの中でお前らだけだぞ! 冗談はそのダセぇチーム名だけにしてくれっての!! とにかく五十万、きっちり耳を揃えてから改めて出直してこいや。こちとら暇じゃねーんだよ。分かってんだろ? 最上クンよ!」
最上は真っ青になって口をパクパクさせる。反論したくても、萎縮するあまり言葉が出てこないのだろう。けれど唇を引き結び、ごくりと喉を鳴らすと、意を決したように切り出した。
「そ、その事だけど……長部君のお世話になるのはこれきりにしたいんです」
それを聞いた途端、長部は怒気をあらわにする。
「はあ!? なに言ってんだ! お前らみたいな経験もコネもねえ鈍くさい奴らが、《監獄都市》で生きていけるとでも思ってんのか!? 《アラハバキ》に目ぇつけられたらどうするんだよ? 連中が血も涙もない悪鬼だと知らないワケじゃないだろ。処世術も実力も無いてめえらは、さんざん搾り取られ、ボロ雑巾のように使い潰されるのがオチだぞ!」
「それはそうかもしれませんけど……」
「《アラハバキ》に睨まれる程度ならまだいい。もし最悪、《リスト入り》して《リスト執行》の対象になってみろ。てめえらみたいな愚図のチームは、一人残らず《死刑執行人》に狩りつくされるだろうな」
長部はいかにも恐ろしげな表情を作り、最上に顔を近づける。
「《死刑執行人》は情状酌量なんてヌルいことは絶対にしねえ。奴らの『狩り』がどれほど残忍で凄惨か……お前、知ってるか? 四肢は引き千切られ、腸はかっさばかれ、残った肉片はグチャグチャにひき潰され、死体すら残らねえんだとよ」
「ひっ……! し、死体まで……!?」
「おうよ……バクゥゥッ!! って喰われちまうらしいぜ。まったく、おぞましい奴らだよな」
「う……ううう……!」
最上はますます顔色を青くして、ガタガタと体を震わせた。先ほどの反発心もどこへやら、完全に長部の言葉に気圧され、怯えている。それを見た長部は「ニイ」と笑って最上の肩を叩いた。
「だからぁ、俺たち長部セキュリティ・カンパニーが助けてやってんだろー? お前、大学に行ったことあるか? 大学の年間授業料はだいたい五十万。つまりお前らは、この俺に金を払うかわりに《監獄都市》で生き延びる知恵が得られるってワケ。いわゆるマネジメントってヤツ? 命がかかっていることを思えば、決して高い買い物じゃないと思うがねえ」
「……」
うつむいた最上の両目には、はっきりと迷いが浮かんでいる。これは心が折れたな―――長部は一瞬、ほくそ笑む。そして踵を返すと、片手をひらひらさせながら最上に言い残す。
「分かったら、今すぐチームメンバーをどやしつけて金を集めてこい。期限は三日後……次、用意ができなけりゃぶっ殺すから、そのつもりで」
「じゃーな」と立ち去ろうとする長部だが、最上は意外にも呼び止める。
「お、長部くん!」
「あんだよ、まだ何か用か?」
「さっきも言ったけど……僕らは君とは手を切るつもりでいる。チームメンバーとも話し合って決めたんだ!」
最上の瞳には怯えの色があるものの、それ以上に強い決意が浮かんでいた。彼は本気で長部と決別するつもりでいるのだ。長部は苛立たしげに振り返る。
「はあ? お前……阿呆か? 俺の話、聞いてたよな!?」
「もちろん聞いてます。それで……お願いがあるんだけど、これまで長部さんに支払った450万、今すぐここで返して欲しいんです!!」
すると長部は目を剣呑に細め、威圧感に満ちた野太い声を放つ。
「あ? 何言ってやがんだ、てめえ?」
「僕ら手分けして調べたんです、長部さんのこと。長部さんはチームから金をもらう代わりに《監獄都市》でのノウハウをレクチャーしてるって。それ……嘘ですよね? だって長部さんに関わって解散したり、抗争して潰れたチームは三十近くあるそうじゃないですか! とてもマネジメントが成功してるなんて思えません!」
最上は絞り出すような声音で長部を咎める。これまで我慢してきたものがとうとう限界に達して溢れ出てしまった―――そんな様子だ。
「正直に言ってください。僕たちは金を巻き上げるためのカモなんだって! 他のチームにも同じ命令をしたんですよね? お金が払えないなら、他のチームから強奪してでも集めて来いって!!」
ところが長部は薄ら笑いを浮かべ、肩を揺すりながら最上のところへ戻ってくる。完全に相手を小馬鹿にし、見下している態度だ。
「おいおいおい~、なに人のせいにしちゃってんの。俺は別に命令なんてしてねえだろ。あくまで、そういう方法もあるって教えただけで」
「嘘だ!! 長部さん、あの時言ったじゃないですか! 今すぐ金を用意しろ。できなければ罰として他のチームを使って《百花繚乱,S》を潰すって!」
『俺の言いなりになるチームは山ほどあんのよ。その中で一番凶悪なチームを《百花繚乱,S》にぶつけりゃ、どーなると思う? お前らみたいな雑魚は一瞬で木っ端微塵だ!!』
「だから仕方なく《天下無双ヒーローズ》を襲ったんだ! 僕らの知ってる中で、あそこが一番大人しくて歴史の浅いチームだから……!! それだって長部さん、あなたの『アドバイス』じゃないですか!」
「……で? 結果はどうよ? てめえらは《天下無双ヒーローズ》から金を奪えないどころか何の損害も与えられず、東雲探偵事務所の《死刑執行人》に介入されて、無事お家に帰してもらったんじゃねーか! 何一つ満足にできなかったくせに、俺に文句を言える立場かあ!?」
「そ、それは……最初から計画に無理があったからで!」
「甘えんなよ! 泣き言を垂れるなら結果を出せっつーの! 何の成果も出せないくせに不平不満をならべ立てて、挙句の果てには金を返せだぁ!? せっかく長部セキュリティ・カンパニーが助けてやろうってのに、その厚意をよくも無下にできるな!? この街にはこの街の礼儀や作法があるワケ! それを無視していいと思ってんのか!?」
「でも……もう無理なんです! 僕ら限界なんです!! これ以上、長部さんのやり方にはついて行けない……!!」
最上は悲鳴じみた声で叫んだ。本当に長部のやり方に耐え切れなくなっているのだろう。
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