第二十六話 長部への反撃①

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 それを見た長部(おさべ)は何を思ったか、恫喝(どうかつ)する声を一転させ、気味の悪いほど優しい声音で最上をなだめる。 「まあ待てよ。落ち着けって、なあ? 誰だって新しい環境に馴染むには我慢と忍耐が必要なんだ。よく考えてみろ。《天下無双ヒーローズ》みてえな大人しいチームにすら勝てないお前らが、チーム運営なんてできるわけねえだろ? 腕力も、度胸も、知識も無い。なーんも無いお前らがどうにか生きてこれたのは、俺の助言があったおかげだろ、なあ?」   そう言って長部は最上の肩へ腕を回す。そこに親しみなど無く、絶対に獲物を逃がさないという(ねば)ついた悪意しか感じられない。 「ひっ……!」  長部からは永遠に逃れられない。その恐怖から最上(もがみ)は喉の奥で短く悲鳴を上げた。その耳元で長部は駄目押しをするかのごとく囁く。 「お前らみたいなノロマで無能な臆病者の集まりを誰が守ってくれるんだ? いいじゃねえか、少しの金で仲間の命を守れるんだ。たった二万……たった二万だろ? もう一度よく考え直せよな、最上クンよ」  そう話す間も長部はガムをクチャクチャと音を立てながら噛んでおり、そこに誠意などあろうはずがない。  うつむいて肩を震わせる最上の肩に馴れ馴れしく腕を回し、親密さを装って威圧(いあつ)する。大人しく言うことを聞け、これ以上、命令に逆らうならただではおかないぞと。そうして最上が心折れて従うのを待っているのだ。  それでも最上は必死の形相(ぎょうそう)で長部に抵抗する。 「いいえ……僕たちは決めたんです!! これ以上、長部さんに搾取(さくしゅ)されるなんてまっぴらごめんだ! だから僕たちから巻き上げた450万、きっちり返してください! それができないなら金輪際(こんりんざい)、僕たちに関わらないでください!!」  すると長部は大きく舌打ちし、噛んでいたガムをべっと地面に吐き捨てた。目つきにも剣呑(けんのん)さが戻り、口調も攻撃的になる。 「あ……? なに偉そうに主張してんだ? お前、俺が誰だか忘れたのか。《死刑執行人(リーパー)》だぞ《死刑執行人(リーパー)》! 俺がその気になりゃ、お前みてえなザコは一瞬でひと(ひね)りだ。分かってんのか、あぁ!? 分かってんのかよ!!」 「《死刑執行人(リーパー)》だからって、こんな理不尽(りふじん)なこと……」  ところが言い終わらないうちに、長部は最上の頭部を右手で突き飛ばした。最上は一瞬、頭が真っ白になったのだろう。何が起きたのか分からないまま、呆けたようによろめく。けれど長部は容赦することなく、最上の頭を何度も執拗(しつよう)に小突く。 「何が理不尽だ? マジざけんなよ! 分かったような口を利くんじゃねえ! 何様のつもりだ、この役立たずのゴミクズ野郎が!! てめえらは、ただの集金マシーンなんだ! 余計なことは何も考えず、ただ言われた通りにしてりゃいいんだよ!! まさかそんな簡単な事もできねえほど救いようのない阿呆(あほう)じゃねーよな!? なあ、おい!? 何とか言えよコラ!!」 「や……やめっ……!」 「もう一度だけチャンスをやる。今すぐ俺の目の前で土下座しろ! そして俺の靴を舐めて二度と反抗しませんと誓え!! でなけりゃソッコーでぶっ殺す! いいのか!? いいのかって聞いてんだよ!! 答えろよクソ野郎が!!」 「い、嫌です!! そんなに靴を舐めて欲しけりゃ、自分で舐めればいいんだ!!」 「何だとこのっ……!!」  しぶとく徹底抗戦(てっていこうせん)の姿勢を貫く最上に(ごう)を煮やしたのか。長部はとうとう最上の胸倉に掴みかかり、拳を振り上げる。  ―――ここまで見せれば、もう十分だ。深雪はそう判断し、高架橋の陰から身を乗り出した。 「長部(おさべ)、そこまでだ!」 「ああ!? 何だてめえ……東雲探偵事務所の雨宮じゃねーか。それと……」  長部は深雪の隣に立っている人物に視線を向けると、驚愕して目を見開く。 「お前は最上!? どういうことだ……最上はここに……!!」  そこにいたのは《百花繚乱,S》の(ヘッド)最上保志(もがみやすし)だ。では、自分が相手にしていた最上はいったい誰なのか。長部は慌てて視線を戻すが、それを確認する前に喉元に鋭利な暗器(ヒ首(ひしゅ))が突きつけられる。 「馬鹿メ。べらべらと調子に乗りすぎたナ、長部」 「ぐ……う……!」  長部が最上だと思っていたのは、最上に変身した神狼(シェンラン)だったのだ。神狼は《ペルソナ》という能力(アニムス)があり、相手の容姿から声音、記憶の一部までもコピーすることができる。変身を解いて元の姿に戻った神狼は、長部に冷酷に告げる。 「大人しくしていロ! 動けばこの刃ガ、お前の喉を掻き切るゾ!」  首元に暗器を突きつけられては、さすがの長部も為す(すべ)がない。ヒ首は首の頸動脈(けいどうみゃく)に食い込んでおり、わずかでも身動ぎすれば血が噴き出すだろう。長部は両手を上げ、降参のポーズをする。  その正面に深雪、左側には《狗狼丸》を携えたシロ、右側の少し離れたところに最上が陣取った。  普段は大人しい最上の瞳には、かつてない怒りがあった。それはそうだろう。もし神狼(シェンラン)が替え玉にならなければ、長部に強請(ゆす)られ、小突かれていたのは自分だったのだから。  長部を誘い出すのに最上の協力は必須だった。だが、最上が直に交渉すれば、弁の立つ長部に言いくるめられかねない。それどころか暴力を加えられ、長部への恐怖心を植えつけられ、反抗心を(くじ)かれてしまう可能性がある。  だから深雪は神狼(シェンラン)に頼んで、最上の身代わりになってもらった。最上に冷静かつ俯瞰的(ふかんてき)に、自らの立ち位置を把握してもらうために。深雪が神狼に最上の代わりを頼んだのも、そこに狙いがある。  その一部始終を目の当たりにした最上は、さすがに我慢ならないと思ったのだろう。さっそく長部を問い詰める。 「長部さん、さっきのは本当ですか? 僕たちはただの集金マシーンだって……『《死刑執行人(リーパー)》や《アラハバキ》に狙われないように、いろいろ教えてやる』っていうのは、僕たちから金をむしり取るための方便(ほうべん)だったんですか!?」  長部は冷や汗を額に浮かべつつもニタニタと笑う。 「へへへ……さーな?」  誠実さの欠片もない長部の対応に、神狼は暗器を突きつける手に力を込めた。 「貴様……真面目に答えロ!」 「そう言われてもね……喉元に刃物を突きつけられたんじゃ、危なくてベラベラ喋る気にならねえっての」  長部には己の罪を告白してもらわねば困る。そう判断した深雪は「長部を自由にしてやってくれ」と神狼に告げる。 「……いいのカ? 隙を見テ逃げ出すかもしれないゾ」 「大丈夫、手は打ってある」  絶対に長部の悪事は逃がさない。この場で必ず片を付ける。その自信に満ちた返答に、神狼は渋々ながらも暗器を収めた。  一方、自由を得た長部はわざとらしく肩の凝りをほぐして見せる。 「ふ~、やれやれだぜ」 「さっきの疑問に答えてください! 長部さんは僕たちを(だま)してたんですか、どうなんですか!?」  改めて詰問(きつもん)する最上だが、長部ははぐらかすようにへらへらと笑うばかりだ。 「おいおい、最上くん。お前と俺の仲だろ? あんなの真に受けるなよ。あれは東雲探偵事務所の《死刑執行人(リーパー)》に言わされたんだ。俺だって本気で『集金マシーン』だなんて考えてるわけじゃない。ただアレだ、ついカッとしちまったってヤツだ。そう誘導されたんだよ。分かるだろ?」 「ほ……本当ですか?」 「ほんとほんと! 雨宮くんに何を吹き込まれたか知らねえけど、それが正しいって証拠もねえんだろ? 《死刑執行人(リーパー)》の言うことなんて安易に信じない方が賢明だぜ?」  長部はそう答えつつ、挑発的な視線を深雪に向ける。深雪たちこそ諸悪の根源だとでも言いたげだ。自らの悪行を認めるつもりはさらさら無いのだろう。それならこちらも手加減する必要はない。深雪は冷ややかに告げる。 「証拠……か。アコギな真似をしているくせに言葉だけはご立派だな」 「何ィ……!?」 「長部、お前が《百花繚乱,S》をはじめとしたストリートチームから不当に金を巻き上げていたこと、俺がこの場で証明してやる!」
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