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第二十七話 長部への反撃②
「ははっ……! 面白ぇこと言うな! そんなに自信満々なら今すぐ出してみろよ! その証拠ってやつを!!」
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらう。みんな出てきてくれ!」
すると深雪の呼びかけに応え、物陰に隠れていた少年少女たちが続々と姿を現した。その数、ざっと三百人以上。どの顔も強い不満や不信を浮かべて長部を睨みつけている。
「お……お前ら……!?」
まさかそれほどの人数が潜んでいるとは思ってもいなかったのだろう。ぎょっと顔を引きつらせる長部に、神狼はすかさず追及する。
「こいつらと知り合いカ、長部? ……それもそうカ。ここにいるストリート・ダストハみな、お前が金銭を要求しているチームのメンバー……お前が言うところノ『集金マシーン』ってわけダ」
「くっ……!」
「見ての通り、これが俺の集めた証拠だ。厳密に言うと証拠じゃなくて、証人のほうだけどな。彼らはみな、お前の詐欺や恐喝に遭った被害者だ」
深雪が言うや否や、集まったストリート・ダストたちは一斉に口を開く。
「長部さん、さっきの聞いたよ。ありゃどういう事ですか!?」
「うちのチームも、マネジメント料としてかなりの額を払ってます! ノルマを達成するため、寝る間も惜しんで働いてるメンバーだっているのに」
「すべて嘘だなんて、ひどすぎます‼ 長部さんには人の心ってものが無いんですか!?」
「おかしいとは思ってたんだよ! マネジメントだのアドバイスだの言うわりに、具体性に欠けた事しか提案しないし! あんた、マネジメントって言葉で俺たちを丸め込んでいただけじゃないか!!」
「人の弱みにつけ込むなんて……最低よ! こんな奴に金を払ってたなんて、考えただけで馬鹿馬鹿しいわ!!」
「長部セキュリティ・カンパニーのせいで存続が危うくなったり、崩壊させられたチームも多いって話じゃねーか!」
「雨宮さんが教えてくれなきゃ、永遠にカモられるところだったぜ」
「こうなるとマジで詐欺行為だろ。ふざけんな!!」
心臓に毛が生えたような性格をしている長部も、これほど大勢から責め立てられては平然としていられないのだろう。慌てて叫んだ。
「お……おい待てよ、お前ら! 俺よりも雨宮を信じるのか!? そいつは《監獄都市》で最も凶悪な事務所の《死刑執行人》だぞ!? なぜそいつが正しいって言い切れる!?」
「……」
それも一理あると思ったのか、少年少女たちは途端に口ごもる。それほど東雲探偵事務所の《死刑執行人》は恐れられているのだ。その機を逃さすまいと思ったのだろう。長部はここぞとばかりに弁明をはじめる。
「まあ、うちのマネジメントが十分じゃなかったのは認めるよ。《監獄都市》の情勢は日々、変化する。こっちが適正なアドバイスをしても、客側が内容を理解してなきゃ意味ねえしな。だからって詐欺呼ばわりは飛躍しすぎだろ?」
「まるで悪いのは『客』のせいで、自分には非が無いとでも言いたげだな」
ぬけぬけと自論を展開する長部に、深雪は非難の言葉を向ける。被害者の数や手口の悪質さから言っても、長部の所業は決して許されるものではない。だがやはり、長部には罪の意識が皆無なのだった。
「それが事実なんだよ。こっちがどれだけ真摯に応対しても、客に能力が無けりゃ効果は無い。マネジメントってそういうもんだろ」
それを聞いたストリート・ダストたちは当然、納得できるはずもなく、口々に怒りの声を上げる。
「何だそりゃ!? あまりにも無責任じゃねーか!」
「やっぱりただのインチキだったのね、許せない!!」
「俺らから強請り取った金、返せよ!!」
「返せ!」
「返せ、返せ!!」
「返・せ、返・せ!」
「返・せ、返・せ!!」
それらの声は一つにまとまり、崩れかかった高架橋の下で幾重にもこだまする。
長部は苛立たしげに歯噛みをすると、怒鳴り散らした。
「くそ……どいつもこいつも簡単に東雲の《死刑執行人》に騙されやがって! 単純でお人好しの馬鹿どもが!!」
面白いほど従順で、いくらでも搾取していた相手から反旗を翻される。長部にとって、この展開が愉快なはずも無かった。
「おい! てめえら忘れているみてえだが、俺を何だと思ってる!? 《死刑執行人》だぞ《死刑執行人》! 俺のアニムスを使えば、てめえらなんざ、ものの数秒でみな殺しだ!! 俺に盾突いた奴は絶対に許さねえ! 八つ裂きにしてやる‼」
次はお前だと言わんばかりに長部に人差し指を突きつけられ、若者たちは青ざめて口をつぐんでしまう。彼らにとって《死刑執行人》はそれだけ畏怖の対象なのだろう。長部はその事をよく知っているのだ。
深雪は静かに長部を睨みつけた。
「この期に及んでまだ脅すのか。長部、お前……まったく懲りてないな」
「うるせーんだよ、雨宮! 汚ねえ方法で俺を嵌めやがって……てめえだけはマジでぶっ殺す!! この俺に恥をかかせたことを必ず後悔させてやるからな!!」
そう言って長部は嬉々として両眼に赤光を灯すが、深雪はまるで動じない。
「ハッタリはやめておいた方がいい。お前の《ガーゴイル》は名前こそ立派だが、さほど殺傷力が無いことは知っている」
「な……何だと? 何故、俺のアニムスを知っている!?」
すると長部を取り囲む少年少女たちの中から、三人の若者が進み出た。いずれも長部セキュリティ・カンパニーに所属する《死刑執行人》たちだ。それに気づいた長部は目を瞠る。
「お、お前ら……!?」
「彼らがすべて話してくれたよ。お前のアニムスの情報はもちろん、悪事の数々についてもな」
深雪が教えてやると、長部は顔を真っ赤にして激怒する。
「お前ら……俺を裏切ったのか! 仲間である俺の情報を売ったのか!!」
「し……仕方ないじゃないか! 相手は東雲探偵事務所なんだ! 《死神》に盾突くほどの度胸は僕たちにはないよ……!」
「そもそも《死神》に目をつけられた時点で詰んでるんだ! もう諦めようぜ、長部くん。これ以上は俺らの立場が悪くなるだけだ!!」
長部セキュリティ・カンパニーは長部のワンマン経営で成り立っており、他の《死刑執行人》は数合わせに過ぎず、もともとやる気も無かった。深雪たちが長部の知らぬところで密かに彼らと接触したところ、長部の仲間たちは素直に協力してくれたのだった。
「ちくしょう、ふざっけんなよ! くそったれどもが!!」
怒り心頭で喚き散らす長部に深雪は警告を発した。
「もう一度言うぞ、長部。観念して自分の非を認めろ。これだけの数の証人がいるんだ。いくら弁の立つお前でも、もはや言い逃れはできないぞ!」
「くっ……!!」
利用していた相手に盾突かれ、仲間には裏切られ、今や長部は孤立無援に陥っていた。ふてぶてしい長部もさすがに己の劣勢を悟ったのか、悔しそうに顔を歪めたものの、すぐに下卑た笑いをその顔に浮かべる。
「ははっ、馬鹿らしい! それで……? だから何だってんだ!? この街じゃゴーストが警察に捕まることはない。この程度の『軽犯罪』じゃ《リスト登録》にも入らない。だったら、何をしようが俺の勝手じゃねえか! 何百人集まろうと、とやかく言われる筋合いはねーんだよ!!」
それを聞いた神狼は眉根を寄せ、シロは怒りの声を上げる。
「何だト……!?」
「ひどい奴! やっぱりみんなを騙してたんだ!」
非難の声にも構わず、長部は完全に開き直ってみせる。
「騙したも何も、この街は最初からそういう仕組みだろ! 仕組みを知らねえ奴が悪いんだ! それはあんたらだって百も承知だろ、東雲探偵事務所さんよ? こっちこそ聞きたいもんだぜ。どうやって俺を罰するつもりだ!?」
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