第二十七話 長部への反撃②

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 長部は(あお)り立てるように詰め寄るが、深雪もここまで来て、そんな安い挑発に乗るつもりはない。 「話を誤魔化すんじゃない。罪が裁かれるかどうかと、《リスト登録》されなかったら何をしてもいいって話は別問題だ。『年長者』ならきちんと道理を通せ。他者から不当に奪った金はきちんと返すのが筋だろ!」 「そうだそうだ!」 「金を返せ!」  「返せ!」 「返せ!!」  四方八方を囲まれ、被害者たちからは一斉に野次を浴びせられ、おまけに味方は皆無だ。長部ははじめて怯んだ気配を見せるものの、それも一瞬で、すぐに不敵で傲慢な顔に逆戻りしてしまう。 「そう言われてもなあ……もう金は無えんだよ! とっくの昔に使っちまったからなあ!!」 「何だって!?」 「嘘だ! どこかに隠し持っているに決まってる!!」 「嘘じゃねーよォ、無えもんは無えよ! 宵越(よいご)しの銭は持たない主義でなあ!! 残念だったな、無知で単純なお人好しのお花畑ども!!」  長部は得意げに笑い声を上げた。こうなったら徹底的にシラを切り、ごねて、この場を乗り切ろうという腹積もりなのだ。そのしぶとさには深雪も正直、脱帽(だつぼう)する。だからと言って、逃がすつもりはさらさら無いが。 「それが金ならここにあるんだな」  人垣(ひとがき)の中から不意に声をあげる者があった。《グラン・シャリオ》の副頭(サブヘッド)九鬼聖夜(くきせいや)だ。 「……! な……何!?」  長部がぎょっとして視線を向けると、九鬼の足元には灰色のビニールシートがあり、何か角ばったモノを覆っているではないか。その場にいる全員が見つめる中、九鬼はそれを一気に剥ぎ取った。  そこに現れたのは大型の金庫だ。それを目にした途端、長部は顔色を一変させた。下卑た笑みは消え失せ、真っ青になって冷や汗すら浮かべている。 「あ……あれはウチの事務所の金庫じゃねーか! 金庫の場所は事務所の人間しか知らねえはず。それが何でこんなところに……!?」  長部はハッとして、仲間の《死刑執行人(リーパー)》たちを問い詰める。 「まさか……お前ら、金庫のことまで喋ったのか!?」  長部から凄まじい形相(ぎょうそう)で睨まれ、仲間の三人組は悲鳴まじりに叫んだ。 「か……勘弁してくださいよ、長部さん! 金庫の隣にいるの、《グラン・シャリオ》の九鬼聖夜(くきせいや)ですよ!?」 《グラン・シャリオ》といえば、ストリートでその名を知らぬ者はいないほど有名なチームだ。幹部メンバーは《アラハバキ》から直にスカウトがかかると言われるほど腕利きのゴーストばかり。中でも№2の九鬼聖夜は武勇伝が多く、たった一人で《アラハバキ》の下部組織を潰したこともあるという。 「ウチみたいな弱小事務所じゃ到底、太刀打ちできる相手じゃないですよ!!」 「何でそんな有名なヤツが雨宮と手を組んでやがんだ!? ストリートの連中にとっちゃ、《死刑執行人(リーパー)》なんて天敵も同然だろ!?」  ところが九鬼は驚愕する長部には構いもせず、金庫の扉を豪快に開け放つ。  金庫の開錠方法は長部セキュリティ・カンパニーのメンバーも知らなかった。だから深雪は神狼(シェンラン)や九鬼と協力し、長部に見つからないよう金庫を運び出したついでに、《ランドマイン》で金庫の鍵を破壊しておいたのだ。  金庫の中には札束が整然と並んでいた。長部がストリート・ダストたちからむしり取った『マネジメント料』だ。九鬼は金庫を上から覗きこむと、おどけた仕草で言った。 「おっと! こいつは壮観な眺めだ。千、二千……少なくとも三千万はありそうだな。宵越しの銭がどうたらと威勢のいいことを言っていた割に、えらく堅実じゃねーか。長部、あんたの場合、『金の亡者』と表現した方が的確か?」 「さ、触るなぁ! 軽々しく触るんじゃねえ!! それは俺の金だ! 俺が汗水垂らして稼いだんだ!! 誰にも渡さねえ……俺だけのもんだ!!」  長部は目を血走らせ、唾を散らしながら喚き立てる。もはや深雪たちを(あお)る余裕も残っていない。金に執着するその姿は、欲に()りつかれた悪鬼そのものだ。 「よくもそんな事ガ言えたものだナ! その金ハ、みんなカラ不当に搾取したものだロ!!」  神狼が嫌悪と怒りをあらわに吐き捨てると、少年少女たちも同調の声を上げる。 「何が『必死で稼いだ』だ! 厚かましいにも程があるぜ!」 「聞けば聞くほど虫唾(むしず)が走るわ!」 「絶対にお金、返してもらうんだから!!」 「うるせえ! あの金は俺のもんだっつってんだろ‼ 散れ、ウジ虫ども! 金庫の金に指一本でも触れてみろ、ぶっ殺すからな!!」  長部は怒りで顔をどす黒い赤に染め、なりふり構わずストリートダストたちを威嚇(いかく)した。そして最後にぐわっと見開いた目を深雪へと向ける。それもこれも深雪のせいだと責任転嫁(せきにんてんか)しているのが丸分かりだ。  シロは殺気立つ長部を警戒し、《狗狼丸(くろうまる)》の柄を握りしめた。 「みんなに乱暴したらシロが許さない! ワルモノは《狗狼丸》でやっつけてやる!!」 「それがどうした……俺は《死刑執行人(リーパー)》だ! 誰が悪者で誰が正しいか、この俺が決めるんだ!! 無知で無能なガキは俺に従え!! この街では《死刑執行人(リーパー)》が正義だ! 《死刑執行人(リーパー)》こそがこの街の法なんだ!!」  その傲慢(ごうまん)で身勝手極まりない主張は、ただ人を殺めていないだけで、犯罪者ゴーストと何ら変わりがない。いや、彼らと違って《死刑執行人(リーパー)》を名乗っているぶん、余計に性質(たち)が悪いだろう。  深雪はさすがに黙っていられず叫んだ。 「長部(おさべ)、それは違う!!」  あまりの剣幕(けんまく)に全員が静まり返った。シロも驚いてこちらを振り返る。 「ゆ……ユキ……?」 「確かに《リスト登録》は不完全で危ういシステムだ。罪を犯したゴーストへの罪状は極端だし、冤罪(えんざい)を起こしたら取り返しがつかない。お前のような卑劣な犯罪者を裁く方法も無い。その矛盾の多さは《監獄都市》で生きるゴーストはもちろん、俺たち《死刑執行人(リーパー)》だって気づいてる」  深雪を支配しているのは、マグマのように煮えたぎる怒りではなく、どこまでも冷たい青い炎のような怒りだ。 「それでも……数え切れないほどの犠牲と大勢の人の努力の上に成り立っているんだ! それを(おとし)め、踏みにじるような真似(まね)は俺が許さない!!」 「許さないだと……!? だったら何だ……俺を殺すってのか!? やってみろよ、ああ!?」 「殺しはしない。でも、お前が改めないなら相応の対処はする」 「それで格好をつけてるつもりか!? お前に何ができる! 笑わせんな!!」  もう後がないと悟った長部は、目を血走らせて深雪ににじり寄る。こうなったら暴力に訴えてでも金を取り戻すつもりだろう。反撃の可能性を考えていないのか、深雪には何もできやしないと心底、(あなど)っているのか。  すかさずシロが《狗狼丸》を構え、深雪の前に出て長部の動きを牽制(けんせい)する。 「止まれ! それ以上、ユキに近づくな!!」  長部は日本刀を警戒して立ち止まったものの、深雪への罵声は忘れない。 「ま~た女に守ってもらうのかよ! 非力なチキン野郎が!!」 「ユキは『非力なチキン野郎』じゃない! ユキを守りたいから、シロが自分の意思でやってるんだ!!」 「あ~はいはい。いい子でちゅね、お子ちゃまは黙ってまちょーね~!」  シロは獣耳をピクピクさせているが、長部の挑発を受けても手を出さず、アニムスも使わない。ただじっと《狗狼丸》を構えたまま、忍耐強く長部の動きに集中している。  そんなシロの姿を深雪は頼もしく思った。以前のシロは確かに強かったものの、いつ暴走するか分からない危うさも秘めていた。けれど、彼女は自らの弱点を克服(こくふく)しようとしている。  それを目の当たりにした深雪も奮起する。このままシロだけ矢面(やおもて)に立たせるわけにはいかない。努力してきたのはシロだけではないのだ。 「心配ないよ、シロ」 「ユキ……?」  深雪はシロの前に出ると、手の平を上に向け、指先で小さく手招きする。 「長部……そんなに構って欲しけりゃ、望み通り俺が相手してやるよ」
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