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その中で長部の仲間たちだけが、どうしたものかと不安そうにしている。
「ど……どうする?」
「そりゃ長部くんを追いかけねーとマズいだろ……」
「でも俺たち、金庫の在り処をばらして長部くんを裏切ってしまったし……」
三人とも長部を裏切ってしまった手前、あとを追いかけ辛いのだろう。深雪は途方に暮れている長部セキュリティ・カンパニーの面々へ声をかけた。
「なあ、ちょっと聞いていい? 君たちはどうして《死刑執行人》になったんだ?」
「え……どうしてって……」
「長部くんに儲かるって言われたから何となく……」
三人とも長部に誘われて、ただ何となく《死刑執行人》をしていただけらしい。それを聞いて深雪は少しだけほっとする。
「あのさ……《死刑執行人》は君らが想像しているよりずっと過酷な仕事なんだ。犯罪者ゴーストを殺すのはもちろん、嫌われて怖がられて……時には人の道に外れた事もしなきゃいけない。街を守るために大事な仲間を犠牲にすることだってある。本当はさ……《死刑執行人》がいなくてもいい社会が必要なんだ」
面食らった顔をしたのは長部の仲間だけではない。神狼やシロ、そして九鬼も、一斉に深雪へと視線を向ける。
みな《死刑執行人》のいない《監獄都市》など考えてもみなかったという顔をして。
「何か事情があって《死刑執行人》をするなら止めはしないけど、『ただ何となく』で続けるべきじゃないと俺は思う」
長部の仲間たちは気まずそうに互いに顔を見合わせる。
「でも……」
「長部くんを放っておくわけにも……」
「だったらこれを渡しておく」
深雪が三人に差し出したのは一枚の名刺だった。
「これは……?」
「《あさぎり警備会社》の名刺だよ。そこの馬渕さんっていう人に頼んだら、研修を受けさせてくれる。見込みがあるなら採用の可能性もあるってさ」
馬渕は《死刑執行人》は慢性的に足りないから歓迎すると言っていた。大手の事務所だから総務や経理の募集もかけているし、もし採用にならなくても、大手事務所の仕事を目にしておくのは勉強になるのでは、と深雪は続ける。
「先方には話を通してあるから、やる気があるなら訪ねてみるといいよ」
「は……はあ」
「どうもッス」
長部の仲間たちは戸惑いつつも、深雪の差し出した名刺を受け取ると、三人で名刺を覗き込みながら相談しはじめる。これからどうしていくかは彼ら次第だ。
それから深雪は《百花繚乱,S》をはじめとするチームの頭に声をかけ、みなを一か所に集めた。
「さあ、次は君たちだ。君らはそれぞれのチームの頭だよね? 《監獄都市》に来てどれくらい? チームを結成するのは初めて?」
話を聞くと彼らの境遇は《百花繚乱,S》と似たり寄ったりだ。《監獄都市》に収監されたばかりで、既存のチームにも入れてもらえない。そういった若者が身を寄せ合い、見よう見まねでチーム運営をしているのだという。
「《中立地帯》とか《東京中華街》とか《新八洲特区》の違いもさっぱりだし……」
「正直なところ、東京の地理も知らないんだよな……」
「既存のチームは実力が認められないと入れないけど、それぞれのチームの個性や方針も、外からじゃ分かりにくくて」
「分からないことだらけで、じゃあ誰に聞けばいいのかっていう……」
「それデ困っていた時ニ近寄って来たのガ、長部だったんだナ」
神狼は許せないとばかりに怒気を含んだ声音で吐き捨てる。
「そうか……みんな大変だったんだな」
ある日突然、見知らぬ土地に放り込まれ、それまでの経験や人間関係は何ひとつ役に立たない。すべてがゼロのところから何の援助も無く、自分一人の力で生きていかねばならないのだ。
おまけに周りはゴーストばかり。人智を越えた高アニムス値のゴーストもいれば、凶悪犯罪に平然と手を染める怪物のようなゴーストもいる。
深雪が《監獄都市》に来たばかりの時のことを考えても、彼らの不安や恐怖は察するに余りある。
(俺はこの街に来てすぐ東雲探偵事務所に拾われたおかげで、危険な目に遭うこともなかったし、住む場所や食べ物に困ることもなかった。今考えると、すごく恵まれていたんだ……)
そう思うと、なおさら長部の餌食となってしまったストリート・ダストたちのことが他人事とは思えない。
「《監獄都市》には独自のルールや秩序があるから、はじめての人には分かり難いのは確かだ。そこで俺の提案なんだけど……」
そう言って深雪は九鬼に目配せをする。
「彼は九鬼聖夜、《中立地帯》でも有数の規模を誇るチームの副頭なんだ。もし分からない事や不安な事があるなら、九鬼からチーム運営や仲間集めのやり方を教えてもらうのはどうかな?」
もちろん九鬼には事前に相談し、了承を得ている。頭たちが半信半疑の様子で視線を向けると、九鬼は片手をあげた。
「俺は別にいいぜ。今は暇だしな。交流関係が広けりゃ、それで命拾いすることもある。この街で生きてくのに情報や繋がりは必須だ」
「でも……」
「長部のアドバイスはあまり役に立たなかったし……」
躊躇いや不信を示す頭たちの反応に、九鬼は軽く肩をすくめる。
「まあ強要はしねえよ。お前さんたちにレクチャーしたところで、俺に利益は無いからな。ただ……この街にはヤバい奴やヤバい地帯ってのが存在する。それを知らなけりゃ生き残っていけねーぞ。痛い目に遭いたいなら止めはしないが、それこそ命がいくつあっても足りゃしねえよ」
「……!!」
「そんな……!」
沈痛な表情を浮かべる頭たちに、九鬼は呆れて言った。
「おいおい、そう悲壮な顔をするなって。だから俺が教えてやるって言ってんだ。せっかく機会があるんだから、それを利用すればいいだけの話だろうが」
「た、確かに……」
「俺は受けます、九鬼さんのレクチャー!」
「私たちのチームも……よろしくお願いします!」
賛同者がぽつぽつと現れはじめたところで、九鬼はとどめの一言を放つ。
「そうだな……混み入った話になるだろうから、酒でも呑みながらぼちぼちやるか」
そう言って杯を傾ける仕草に、頭たちもたちまち警戒心を解いてしまう。
「それ、いいですね!」
「早速ですけど、アドレス交換しませんか?」
「あ、僕は《百花繚乱,S》の最上保志といいます」
「《ピンクハーツ》の富田芽衣です」
「おう、改めて俺は《グラン・シャリオ》の九鬼聖夜だ。よろしくな」
九鬼は見た目こそ迫力満点でとっつきにくいが、人の心を掴むのはうまい。さすが大規模チームの副頭を務めるだけのことはある。おかげで頭たちも打ち解けはじめた。
これなら深雪の計画もうまくいきそうだ。
一つ一つのチームは弱くても、情報やノウハウを共有し合い、困難な時には支え合い、互いにネットワークを築くことでより多くのチームが生き残る。そんな仕組みがあってもいいのではないかと、長部の事件に関わる中で深雪はずっと考えていた。
今回のことは、その試みの第一歩だ。成功するかどうか今の段階では分からないが、上手くいけば長部のような悪辣な輩や、《アラハバキ》の魔の手から《中立地帯》を守るのに役に立つだろう。
ただ、《死刑執行人》である深雪がストリート・ダストたちの信頼を得るのは立場上、難しい。だから本人の同意を得た上で九鬼を巻き込んだ。
とは言っても、すべてを九鬼任せにするのではなく、深雪も陰ながら関わっていくつもりだが。
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