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第二十九話 二十年前と違う選択
残る問題は、長部の置いていった金庫の中身の分配だ。
「ユキ、海ちゃんを連れてきたよ!」
そこへシロが琴原海を連れて戻ってくる。海には長部との決着がつくまで車で待機してもらったのだ。海はさっそく金庫を指して尋ねる。
「雨宮くん、あれですよね? 例の金庫って……」
「金額が大きくて、あとあと揉めたくないから、きっちりしておきたいんだ。琴原さんは事務所の経理も任されているし、金銭管理にも慣れているから手を貸してほしい」
「分かりました! みなさんの大事なお金ですもんね……頑張ります!!」
長部は計算が面倒だからか、集金額を統一していたらしい。一か月に一人当たり二万。つまり長部との交流期間やチームの人数を換算すればチームごとの被害額が浮かび上がる。
そこで海がそれぞれのチームの被害額を算出し、それをもとに深雪やシロが金庫の金を封筒にまとめ、各チームの頭に配っていく。封筒を手渡されたチームは中身を計算して確認してゆく。
「お金が戻ってきて良かった……!」
「チームのみんなもきっと喜ぶ……!!」
「本当にありがとうございます!」
手元にお金が戻ってきて、どのチームの頭も喜びと安堵をいっぱいに浮かべていた。中には深雪たちに何度も頭を下げる頭もいた。海によると満額返金とはいかないものの、七割は取り戻すことができた。
「良かったね、ユキ。みんなすごく喜んでる!」
「そうですね。人が稼いだお金を騙し取るなんて絶対に間違ってるから、本当に良かった……!」
シロと海が顔をほころばせる一方、神狼は戸惑いを浮かべていた。
「《死刑執行人》をやって感謝されたことなんテ無かっタ。何だか不思議な感じだナ……」
「俺一人だったら絶対に解決できなかった。みんなが力を貸してくれたおかげだ。すごく感謝してる」
《ウロボロス》時代の深雪だったら、今回のような解決方法を選ぶことはしなかっただろう。暴力まかせに長部を黙らせて、一時は大人しくなったとしても、大きな恨みを買ったに違いない。
深雪が二十年前と違う選択ができたのは、シロや神狼をはじめとする仲間が力を貸してくれたおかげだ。
そこへ各チームの頭と連絡交換を終えた九鬼が近づいてくる。
「《死刑執行人》がいなくてもやっていける社会……か。そんな事を言うヤツは初めて見たぜ。でもよ、いろいろと矛盾してねえか? 《死刑執行人》を無くしたいのに《死刑執行人》をやるって、どういう了見だよ?」
九鬼の言うことも、もっともだ。
「確かに《死刑執行人》にならなくても《死刑執行人》を無くすことはできるけど……それじゃ意味がない。何故、この街に《死刑執行人》が存在しているのか理解していないと、ただの夢物語で終わってしまう」
《死刑執行人》なんて間違っている。《死刑執行人》なんて許せない。そう非難することは、誰にだってできる。かつての深雪のように。
「《死刑執行人》の問題点を一番理解しているのは《死刑執行人》だ。だから《死刑執行人》を無くすのは、《死刑執行人》であるべきなんだ。たぶん……『あの人』もそう考えている」
「ふーん……? よく分かんねえが……『あの人』ってのは誰なんだ?」
「《中立地帯の死神》だよ」
シロ、神狼、そして海―――東雲探偵事務所の三人は揃って驚きを浮かべている。自負と信念を抱いて《中立地帯の死神》を担っている六道が、そんな事を考えているなんて思いも寄らなかった―――そう顔に書いてある。
六道も今の《監獄都市》や《死刑執行人》の形が理想であり、完成像だとは思っていない。しかし、六道は《監獄都市》や《死刑執行人》を作り上げた一人だ。その立場や責任から、はっきりと口にはできないのだろう。
彼が本当に今の《死刑執行人》の在り方が正しいと思っているなら、深雪を後継者に選んだりはしない。深雪が正反対の考えを持つことは、六道も知っているからだ。
深雪は六道には届かなかった世界を実現するよう託された。《死刑執行人》が必要のない世界の、その先を目指して。
「俺たちは人間とかゴーストとか違いがあっても、共に生きていけるはずなんだ。力によって人を従えなくても、強い者が弱い者を虐げなくても生きていける世界を俺は創りたい。だから……俺は彼の意志を継いで《中立地帯の死神》になる」
九鬼は今度こそ絶句してしまった。しばらくして絞り出すようにつぶやく。
「……。マジかよ……」
九鬼はなかなか衝撃が抜けきれないようで、口元に手を当てたまま考え込んでいる。
「そうか……あんたが《死神》ねえ? もしそれが本当なら……」
その様子には心当たりがあった。深雪への協力を断った時の亜希の反応と似ていたのだ。
「九鬼……何か厄介事を抱えてるんじゃないか?
もしかして《グラン・シャリオ》で何かあったのかとか?」
すると九鬼は苦笑を漏らす。
「はっ……こいつは参ったな。お見通しってか。実はうちのチーム、ちょっとした問題を抱えていてな……俺と仲間の意見が割れちまって、チームに居辛いんだよ」
「それもあって俺たちを手伝ってくれたのか……」
九鬼はチームが割れた原因についてまで言及しなかったが、《中立地帯》でも有数のチームが内部分裂とは穏やかな話ではない。気にはなったものの、下手に詮索すると、せっかく築いた九鬼との信頼関係が水の泡になってしまいかねない。
ただ、ひと言添えるのは忘れない。
「何か力になれそうな事があったら言ってくれ。俺は九鬼に助けてもらった。今度は俺が九鬼を助けるに番だ」
「あんたなら、そう言うと思ったよ。けどな、ストリートにはストリートの流儀ってのがあるんだ。できるなら自力で解決したいが、もし万が一の時は……」
「いつでも連絡してくれ。できる限り力になるよ」
「まあ、万が一の時の話だがな」と九鬼は肩を竦めた。
「シロも聖夜のお手伝いする!」
「俺も手伝っテやってもいいゾ、聖夜」
どうやら九鬼の会話を聞いていたらしく、シロはやる気満々で手を挙げ、神狼は腕組みをしたまま、やたらと上から目線だ。
「有り難いような怖ェような……ってか、いきなり下の名前で呼び捨てかよ!? お前ら《死刑執行人》のくせにフレンドリーか!」
そこに海も両手で小さくガッツポーズをしながら加わる。
「私も一緒に頑張りますね!」
「お……おう、そいつはどうも」
九鬼は海が相手だと態度がぎこちなくなる。海はお嬢様育ちなだけあって、立ち振る舞いが上品だからか、九鬼はやや苦手意識を抱いているらしい。
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