第二十九話 二十年前と違う選択

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 まずは一件落着か。そう一息ついていると突然、動画配信者のぺこたんとそのスタッフが勢いよく駆け寄ってきた。深雪たちが落ち着く頃合いを見計らっていたのだろう。  まさにチャンネル名どおりの突撃ぶりだ。 「どぉも~! 《突撃☆ぺこチャンネル》でーす‼ いやぁ、盛り上がりましたねー! 悪徳(|死刑執行人《リーパー)》に天誅を下す正義の《死刑執行人(リーパー)》!! 《監獄都市》最強と謳われる東雲探偵事務所の《死神》が、この世の悪を打ち砕く!! いいっスねー、これこれ! こういうのっスよ、視聴者が求めていたのは!!」 「お前ら……いつの間に来てたんだ!?」  《突撃☆ぺこチャンネル》には深雪たちの動きを悟られぬよう、細心の注意を払っていたのに。 「ふふん、驚いちゃいましたぁ? そりゃあ最初からに決まってるじゃないですか~!」  ぺこたんはピースサインをしながら舌を出す。妙にイラっとするのは深雪だけだろうか。 「いやぁ~、東雲探偵事務所と長部セキュリティ・カンパニーは必ず近いうちに決着をつけるはずと睨んで、密かに張ってたんですよ~‼ ホント、その甲斐がありました!! 雨宮さんが長部さんを投げ飛ばしたところも、ばっちりカメラで撮れてますよ。見てみます?」  「それは別にいいけど……今回の映像も配信するつもりなのか?」 「そりゃモチのロンっスよ~! そのためにずっとマークしてきたんスから!! そんでもって一番の得ダネは『緊急速報!! (中立地帯の死神)誕生か!?』で決まりッス!! いやこれマジで期待できますよ!! 《監獄都市》中が激震で間違いなしっス!! あとはぜ~んぶ自分らに任せて、雨宮さんは大船に乗ったつもりでいてください! そんじゃこれで!!」  ぺこたんは言いたいことだけ一方的にまくし立てると、こちらの返答も聞かずあっという間に立ち去っていく。 「あ、こら!!」  深雪は呼び止めたものの、ぺこたん達ははるか彼方だ。マリアはその一部始終を見聞きしていたらしく、ウサギのマスコットがポヨンと音を立てて浮かび上がる。 「あいつら、ホンット懲りないわよね~。どうする、深雪っち? こないだみたいに動画、潰しとく?」  深雪は「うーん」と悩んだものの、「いや、今回は放っておこう」と答える。 「あら珍しい、どういう心変わり?」 「長部(おさべ)の悪事を知らしめる良い機会だ。動画を見れば、長部はヤバい奴だって一目瞭然(いちもくりょうぜん)だろ?」  長部の悪質さが《監獄都市》中に知れ渡れば、次の犯罪抑止にも繋がるかもしれない。 「それに……この街に来て不安になっているゴーストはたくさんいると思うんだ。彼らにぺこたんの動画が目に留まって、少しでも勇気づけられたらいいなって。この街はロクでもない奴らが野放しになっているけど、そんな奴らばかりじゃないんだって」  《監獄都市》のどこかで苦しんでいる誰かを、少しでも励ましたい。この街は醜い悪意だけではないと伝えたい。 「ふーん? 効果あるかどうか分かんないけどさ、やるからには徹底的にやるわよ! あいつら動画配信者としてはイマイチだし、動画のクオリティもへっぽこだから、このマリアちゃんがうまいこと編集しといてあげるわ!!」  マリアは凄腕のハッカーだ。ぺこたんのPCに侵入して動画を書き換えるくらい造作も無いのだろう。本気で実行するつもりなのか、めったやたらと張り切っている。 「ノリノリだね、マリア……っていうか、ぺこたんの動画見てるんだ?」 「そりゃ《東京中華街》事変の元凶をつくった奴らだから、一応はね。見張っといたほうが良いかと思って。でも一番の目的は、あいつらの動画のコメント欄を荒らしまくることだけどね~!!」 「……。そんな事じゃないかと思ったよ」  深雪が頭を抱えながら答えると、マリアはムッとして反論する。 「なに半眼になってんのよ? 配信された動画は《監獄都市》中に流れるのよ!? うちの事務所のイメージにも関わってくるんだから、半端なものは流せないでしょ! さあ~て……これから格の違いってヤツを嫌というほど見せつけてやるわ! あたしの作った動画のクオリティに戦慄(せんりつ)し、絶望に打ちひしがれて崩折(くずお)れるがいい! 覚悟しな、ぺこたん!!」  本当に事務所のためなのか、ただ自己顕示欲(じこけんじよく)を満たしたいだけなのか、いろいろと突っ込みどころが多すぎる。けれどマリアは深雪の心労など気にも留めず、悪役のような高笑いを放ちながら通信をオフにするのだった。  やはり動画配信はストップさせておけばよかったか。深雪が後悔しつつ溜め息をついていると、九鬼が声をかけてくる。 「今のって……《監獄都市》でも屈指の情報屋として知られている乙葉マリアだろ? 性格は相当、アレじゃねーか……?」  深雪を見て何か察してくれたのだろう。九鬼の視線は妙に同情的だった。 「言わないでくれ。腕は確かなんだ、腕は……!!」    《監獄都市》に深雪と長部の動画が拡散されたのは、それからすぐのことだ。マリアによると動画はかなりバズったらしく、『新しい《中立地帯の死神》』の部分は注目を集めたという。 「あたしの超天才的な動画編集技術の賜物(たまもの)よ!」  マリアはそう胸を張った。もっとも再生回数を稼いだのは《突撃☆ぺこチャンネル》で、彼らはマリアの手が加わっているなど知る由もないが、その点にこだわりは無いらしい。動画配信はマリアの本業ではないし、彼女にとっては『悪ふざけ』に過ぎないのだろう。  それから徐々に深雪の名が《監獄都市》で広まるようになった。  次の《中立地帯の死神》になるのは雨宮深雪という名の若い《死刑執行人(リーパー)》で、アニムスを無力化する力を持っているらしい。そして暴力や殺傷を嫌い、思いやりがあって穏和で、この街を良い方向へ導き、発展させたいという情熱を持っていると。  マリアのおかげでだいぶ誇張(こちょう)されている気もしたが、それでも雨宮深雪の顔と名前は少しずつ、けれど確実に周知されていったのだった。  それは新しい《中立地帯の死神》となる深雪にとって、二度と引き返せないことを意味していた。
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