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第三十一話 流星の決意②
月城は何ら表情を変えず、口調も怖ろしいほど淡々として、何を考えているのか読めない。もともとそういう奴だったが、今はそれが不気味でならなかった。
流星は絞り出すようにして声を発する。
「月城……俺はずっとお前を探していたんだ。それなのに何故、いきなり俺の目の前に現れた?」
すると月城は無表情のまま突然、流星の拘束を解いた。
「少し歩かないか?」
月城はそう言うと、奪ったハンドガンを上着の中に仕舞い込み、流星の返事も聞かず、先に歩き出してしまった。
こちらに無防備な背中を晒し、警戒する様子もない。まるで流星が攻撃する可能性など毛頭考えてないというように。
(どうせ俺には何もできやしない……ってか。ナメた真似を……!)
事実、病み上がりで右腕も完治していない流星は満足に戦えない。対して月城が昔と変わらぬ実力を兼ね備えているなら、勝てる見込みは零に等しい。彼は警察学校時代、座学から実技まで、あらゆる科目で優秀な成績を収めていたからだ。
流星は│石蕗麗からアニムスの使用を控えるよう忠告されている。それに加えて、月城のアニムスが何なのか知らない。もう一人の月城が影を操っていたことから、およその見当はつくものの、情報が不確かな中で危険は犯せない。
そんな胸中を見透かしてか、月城は流星を警戒するでもなく歩いてゆく。流星が後をついてくると確信しているのだろう。月城の思い通りになるのは癪だったが、流星もあとに続くことにした。
二度と再会することは無いと思っていたのに、その機会が訪れたのだ。たとえ万全の態勢で迎え撃つことができなくとも、この機を逃したくない。
《中立地帯》の雑踏を通り抜け、裏道に入り、階段を上る。その上は崩れ落ちたビルを利用した広場になっていて、街並みが一望できる。二人が広場に足を踏み入れると、そこでたむろしていたストリート・ダストたちが流星に気づいて、そそくさと立ち去ってゆく。
流星が東雲探偵事務所の《死刑執行人》だと顔が知られているのだろう。月城は足を止め、流星のほうを振り返った。
「なんだ、えらく有名だな」
「……うるせえよ」
「そんなに怒らなくてもいいだろう。《死刑執行人》としてうまくやっている証拠だ」
「……」
「この街は変わらない。俺が関東警視庁ゴースト対策部、機動装甲隊にいた頃のままだ。外の世界は目まぐるしく変化しているのに、この街は変わらないんだな」
《監獄都市》の街並みへと視線を巡らせる月城に、流星は尋ねる。
「お前……やはり《壁》の外にいたのか」
「ああ。そのために機動装甲隊を抜け、それまでの自分を捨て去ったんだ。この街にはもう思い残すものも無かった。外の世界を目指して当然だろう」
どうりで《監獄都市》では月城を見つけられなかったはずだ。もっとも、その可能性は高いだろうと推測していたが。流星はさらに踏み込んで尋ねる。
「お前、ゴーストだな?」
「そうだ。お前と違って最初からゴーストだった」
「どういうことだ……!? ゴーストは警察官になれないはずだ! それなのに何故……いったい何が目的だったんだ⁉ 何故、俺一人だけ残してみなを殺した!!」
何故、ゴーストである月城が警察官になれたのか。何故、《関東大外殻》を越えて外に出ることができたのか。分からないこと、納得のいかないことばかりだ。すると月城は、じっと流星を見つめ返す。
「哀れだな。赤神……お前、まだそんな事に囚われているのか」
「何だと……!?」
「俺もお前も、機動装甲隊で過ごしたのは二年半ほど。瞬きするほど短くはないが、さりとて長いとも言えない。たかだかその程度のことを、これからも引きずって生きるのか?」
「ふっ……ざけるな! 共に過ごした時間が短いからと言って、殺人が許されると思うのか!? その罪を無かったことにできると思うのか!!」
「……」
流星は問い詰めずにはいられなかった。
「お前、隊長の高杉さんに可愛がってもらっただろ! 将来有望な奴だ、根性もあるって……それを無かったことにできるのか!? 高杉隊長だけじゃない! 森田さんは初めての子どもが生まれて大喜びで、《監獄都市》での勤務が開けて愛媛に帰る時を誰より待ち望んでいたし、池永は次の休暇に帰郷して、恋人と天橋立に行く約束をしていた。水瀬さんはお袋さんの具合が悪くて、仕事が上がったらいつも携帯で連絡を取っていたし、日高は家族とは疎遠だけど気は良い奴で、非番の日は俺とお前の三人でよく飲みに行ってただろ!」
何故、『たかだかその程度』のことと切り捨ててしまえるのか。流星には到底、理解できない。
「……みんな職務に忠実で、いい奴らだったよ。過酷な《監獄都市》での勤務に文句も言わず、強化外骨格に身を包み、黙々と任務をこなしてた。機動装甲隊は殉職者が多いことで有名だったが、俺たちの代は少なかった。それなのに月城……お前は何故ぶち壊した!? あの時も今も、お前は何を考えているんだ!!」
流星は思いの丈をぶつけた。ゴーストとなってからずっと抱えてきた疑問と憤り。月城は流星から人生すべてを奪ったというのに、流星にはその原因さえ分からない。たとえ復讐は叶わなくとも、理由くらいは知りたかった。
月城はやはり無感動で、無反応だった。
「……お前はよく覚えているんだな。昔のことなのに」
「何……!?」
「俺はもう、あの頃のことはほとんど思い出せない。隊員一人ひとりの顔や名前も、記憶に残っていない。どんどん自分の中から零れ落ちていくんだ」
「月城……? お前、何を言って……」
「そういえば赤神、お前、彼女はどうした? 機動装甲隊にいた時、福岡でお前の帰りを待ってると言ってただろう」
それは最も触れられたくない話題だった。流星は月城を睨み、唸るように反論する。
「……。お前、言っていることが│支離滅裂だぞ。あの頃のことは思い出せないんじゃなかったのか?」
「全て忘れ去ってしまったわけじゃない。中には覚えていることもある……それでどうなんだ?」
「お前には関係ないだろ! そんな事を知ってどうする!?」
「別にどうもしないさ。ただ、興味があるだけだ。知りたいんだよ。お前があれから何を、どれくらい失ったのかを」
つまり、ただの冷やかしか。流星はカッとする。
「ああ、とっくに別れたよ! 俺はゴーストとなり、二度とこの街を出ることはできない。これ以上、関係を続けたって相手を不幸にするだけだ! 恋人だけじゃない……学生時代の友人知人も今じゃ音信不通だ。俺には同僚殺しの嫌疑がかかっているからな! いくら仲が良くたって、気軽に連絡できるわけがないだろ!! 親兄弟、親戚ともみな縁を切った。身内からゴーストが出たなんて露見したら、実家のある田舎じゃどんな扱いを受けるか……!! 俺は東京で殉職したことになっているはずだ!」
叫びすぎて喉が割れるように痛いが、そんなことに構う余裕もない。
「ゴーストになって俺は恋人、家族、友人、仕事、帰る場所、人である自分……その全てを失った! ……満足か、月城!? 俺がいかに理不尽で不遇な目に遭ったか聞くことができて満足か!!」
ところが月城はさして表情を変えず、まるで他人事のようにつぶやくのだった。
「そうか……それは気の毒だったな」
恐ろしいほど感情のこもっていない、機械音声じみた言葉。流星をその状況へ突き落としたという当事者意識が完全に欠落している。悪意をもって蔑まれたほうが、まだマシだ。
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