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流星はさすがに激昂する。
「てめえ……いったい誰のせいだと思ってやがる!? 全てお前のせいだろうが! 大量殺人の容疑をかけられて職を失っただけじゃない! お前のせいで俺は人生そのものを奪われた!! 命はあっても社会的には存在を抹殺されたんだ!! これがお前のやりたかった事か、月城!? 俺から全てを奪って……そこまで俺を憎んでいたのか!!」
月城はふと視線を逸らし、遠くを見つめる。
「俺には最初から何もなかった」
「何……!?」
「関東警視庁に提出した履歴書も、職場で話した両親のことも、お前に見せた婚約者の写真も……どれも俺という人間をもっともらしく見せるための虚飾にすぎない。……分かるか? みなが本当の事を話している間、俺だけが存在しない両親や恋人の話をしていたんだ。任務のためだけに用意された偽の情報、架空の人物の話を、さもそれらしく語ってな。それがどれだけ虚しく、空々しかったか。持っていたものを全て失ったお前と、最初から何一つ持たなかった俺……どちらが本当に『理不尽』で『不遇』なんだろうな?」
流星は、淡々と語る月城の瞳の底しれぬ暗さに絶句し、戦慄すら覚える。
昔から表情が表に出ない奴だと知っていた。月城は感情表現が下手なだけで、喜怒哀楽のある普通の人間だと思っていた。だからこそ信じていたのだ。機動装甲隊のみなを殺したのも、何かよほどの事情があったのだろうと。
もっとも、どんな事情があろうとも流星は月城を許すつもりは無かったが。
月城は単に不器用で感情表現が苦手なだけ―――その認識は本当に正しいのだろうか。ひょっとしてこの男は、何もない空っぽの存在ではないのか。
「月城……お前はいったい……!?」
こいつはどこかおかしい。『俺たち』とは何かが違う。流星は初めてその事に気づいた。そう感じた瞬間に思い出したのは、国立競技場跡地で出会ったもう一人の月城―――流星のことを知らない月城音弥だ。
「以前、お前とよく似た男と会ったことがある。いや、似ているなんて生易しいもんじゃない。あれはお前そのものだ。お前たちはいったい何者だ!?」
すると目の前の月城響矢の目元が、わずかに棘を含んだような気がした。
「その俺モドキはこう名乗っただろう。陸軍特殊武装戦術群の月城音弥と」
「やはり知り合いなのか……!」
「知っていて当然だろう。俺たちは同一のゲノム情報を共有するクローンだからな。ちなみに俺は七番目に作り出されたクローンで、奴は九番目だ」
「クローン……? つまり《進化兵》のようなものか?」
「そうだ。お前の身近にもいるだろう? まったく同じ顔のクローンが」
(……。深雪のことか……)
最近、事務所の屋上で陸軍特殊武装戦術群の雨宮実由紀の姿を目にするが、見れば見るほど深雪と似ている。おそらく碓氷真尋や剣崎玲緒にもクローンがいるのだろう。
月城は続ける。
「陸軍は国内外の情報を収集している。俺たち《月城=シリーズ》はその手足となり、標的となる組織に潜入して諜報工作を行う。俺が警官に扮して関東警視庁ゴースト対策部の機動装甲隊に潜入したのも、陸軍の命令を受けてのことだ」
「関東警視庁の内部情報を得るため……か?」
「それもあるが……俺は《監獄都市》全体の情報収集を課せられていた。関東警視庁ゴースト対策部であれば、《監獄都市》全域の情報が自然と集まってくるだろう? 高アニムス値のゴーストの情報収集―――その任務の遂行には、うってつけの部署だった」
言われてみれば、機動装甲隊はゴーストと接触する機会が多い。高アニムス値のゴーストの情報は必然的に集まってくるし、《アラハバキ》や《レッド=ドラゴン》、《死刑執行人》とは無関係だからこそ得やすい情報もある。
だとしたら何故、機動装甲隊の隊員を殺さなければならなかったのか。
「同僚のみなを殺したのも、陸軍の命令だったのか!?」
月城は即答した。
「それは違う」
「だったら何故!!」
「俺も手に入れたくなったんだ。嘘のない、本物の人生を。お前たちが当たり前のように手にしている現実を、俺も欲しいと思うようになった。ただ、そのためには陸軍を抜ける必要があった。あそこにいる限り、俺は永遠に『兵器』でしかないからな」
喜怒哀楽が乏しく、これといった望みも抱いたことがない月城が生まれてはじめて欲したもの―――それはごくありふれた「普通」の人生だった。
「ただ、俺はアニムスはもちろん細胞に至るまで、外部に漏らすことのできない機密情報の塊だ。陸軍を抜けたくとも、そう簡単に自由を得ることはできない。だから―――機動装甲隊の死が必要だった」
「どういうことだ……?」
「俺が軍から逃亡すれば、必ず追っ手がかかる。関東警視庁に残された俺の記録を抹消し、体内に仕込まれたデジタル識別番号を発するマイクロチップを除去し、《関東大外殻》を越えて追っ手を撒くには時間がいる。追跡を撹乱するためにも、彼らの死が必要だった」
つまり月城は自分の目的のためだけに、何の罪もない機動装甲隊の仲間たちを殺したのだ。自由を得て、嘘偽りのない「本当」の人生を手に入れる―――ただそのためだけに。
「いったい人の命を何だと思ってるんだ!? この外道が……骨の髄まで腐ってやがる!! お前、自分がどれだけ悪逆非道な真似をしたか分かってるのか!!」
怒りを爆発させる流星を、月城はどこか冷ややかに見つめる。
「悪逆非道か……本当にそうか? すべて俺が生き伸びるために必要なことだった。他に方法が無かっただけだ。それとも恨みや憎しみに駆られてやったことなら『正しい』とでも言うつもりか?」
それは明らかに流星に対する皮肉だった。復讐を拠り所にし、《死刑執行人》となる道を選んで、多くのゴーストを《リスト執行》してきた。そんなお前は胸を張って「清く正しく生きてきた」と言えるのかと。
流星は「くっ……」と唇を噛みしめる。
「だったら……だったら何故、俺を殺さなかった? どうして俺一人だけ生かしたんだ! お前の犯行の動機には、俺を生かしておく理由なんて無かったはずだ!!」
「そうだな……俺にも分からない」
「何だと……!?」
思いもよらない返答に、流星は愕然としてしまう。
「お前の生死に興味が無かったからかもしれないし、俺と違って多くを持つお前に嫉妬して、苦しめてやりたいと思ったのかもしれない。もしくは誰かに俺の存在を覚えておいて欲しかったのかもな。当時の俺が何を思い、何を考えていたのか……もう記憶に残ってはいない」
月城の言葉には揺らぎもなく、嘘偽りの色もない。流星の問いをはぐらかしたり誤魔化そうとしているわけではなく、本当に記憶にないのだろう。
「何だよそれ……何なんだよ! そんな忘れてしまう程度の理由で、俺からすべてを奪ったのか!! そんな……そんなクソ馬鹿げた理由で!!」
月城に再会すれば何故、自分がこれほど理不尽な目に遭わなければならなかったのか、その理由が分かると思っていた。月城が何を感じ、どう考えていたのか。それを知れば納得はできなくとも、真実を把握できると信じていた。
そんな流星の期待に反し、理由らしい理由など何もなかった。何故、全てを奪われなければならなかったのか。何故、自分だけ生き残ってしまったのか。
その理由は迷宮の彼方に置き去りのまま、釈然としない思いを抱えて生きていくしかない。
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