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第三十四話 真夜中の訪問者②
深雪は言葉も無かった。《知識》の話が本当だという証拠はどこにもない。もし本当だとしても、宇宙空間でウイルスが生きていくことが可能なのか深雪には判断がつかない。
ただ、ひとつだけ思い出すことがある。東雲探偵事務所は以前、寄生蜂によってゾンビ化したゴーストたちが周囲の者を手当たり次第に襲うという事件に当たったことがある。
その際、寄生蜂の宿主となったゴーストたちは、能力が大幅に強化されていた。マリアによると、寄生体が繁殖を有利に進めるため、宿主を強化したり操ったりすることは自然界でも見られる現象だという。
《アペイロン》とゴーストの関係もそれに近いのではないか。宇宙性ウイルス粒子である《アペイロン》が、ゴーストの体内で自己増殖した結果、宿主である人間にアニムスという特別な力をもたらしたのだ。
そして『感染』が広まるにつれ、続々とゴーストが誕生することとなった。
(アニムスは人間が《アペイロン》に感染することによって身体機能を拡張した結果、獲得した能力だってことか? 宿主である人間と、宇宙性ウイルス粒子である《アペイロン》、双方が利益を共有するために……)
その説は、ゴーストである深雪にとって受け入れ難い部分もある。ゴーストはアニムスを得ることで忌み嫌われ、人間から差別され、決して《知識》が主張するような利益を得ているわけではないからだ。
その一方で、アニムスを得たゴーストがさまざまな面において人間より強化されているのは紛れもない事実だ。
たとえば深雪はハンドガンの扱いを習ったが、銃は重たく、取り扱いも煩雑で、銃弾を補填する必要もある。ところが深雪の《ランドマイン》はビー玉ひとつで、ハンドガンと同等かそれ以上の破壊力を生み出せるのだ。
流星の《レギオン》は影の兵士を最大で十二人まで操ることができる。しかも人間をはるかに越える戦闘力を持つ個体ばかりだ。流星はたった一人で一個小隊と同等の戦力を誇ることになる。
マリアにしても《ドッペルゲンガー》があれば衛星システムすら瞬く間に乗っ取ってしまえるし、神狼の《ペルソナ》、シロの《ビースト》、オリヴィエの《スティグマ》、奈落の《ジ・アビス》―――ゴーストは地球上で進化してきた人類とくらべると明らかに異質な存在だ。
高アニムス値のゴーストほど、その傾向はより顕著になる。
(この少年――《知識》の言っていることが正しいのか俺には分からないし、それを確かめる術もないけど、辻褄は合っている気がする……!)
深雪はごくりと唾を呑み込み、《知識》の言葉の続きを待つ。
「……我々とあなた達の共生関係は最初、非常に良好だった。我々はあなた達に《アペイロン》を与えることで自己増殖を果たし、あなた達は与えられた《アペイロン》によって肉体機能を強化し、これまで困難だった人類の宇宙進出を一気に加速させた。そして宇宙希少金属を始めとする多くの宇宙資源を地球に持ち帰り、科学技術を発展させてきた」
「だが、次第にあなた達はより多くの資源を手に入れるため、より強い力を求めるようになった。その上、あなた達は科学技術を用いて、我々をコントロールしようとし始めた。我々はそれに対抗するため、あなた達への支配と干渉を強化せざるを得なかった」
「我々の中に人類が生み出した科学技術を取り込み、各構造体の有機タンパク質の情報を高度に発達した人工知能とリンクさせることで、電子空間に疑似的な集合無意識を構築した。それを幾重にも重ね合わせた層を形成することで、ヒトでいうところの自我を獲得した。それが我々―――《知識》だ」
「それから我々は十柱のジョシュアと共に世界情勢への積極的な関与を図ってきた。我々の干渉はあなた達に多大な負荷と抑圧をもたらすと分かっていたが、共存共栄の未来を築くためには仕方がなかった。我々とあなた達、双方が生き残るためだ」
深雪は脳内で《知識》の言葉を反芻する。
(人類が科学技術を用いて《知識》――《アペイロン》をコントロールしようとし始めた……?)
確かに陸軍特殊武装戦術群や《進化兵》は一般のゴーストとは違い、複数のアニムスを所有している。ヒトのDNA情報や、《アペイロン》の遺伝子情報を操作することで、アニムスの複数所持を可能にしたのだろう。
ひょっとすると《知識》はそれを危惧したのだろうか。
(だから彼らは人類に対する『支配』と『干渉』を強めた……)
先ほど《知識》も言っていたが、《アペイロン》を知る者は一部に限られている。《アペイロン》はその名はおろか、存在さえ周知されていない。少なくとも深雪を含めた一般市民には何も知らされていないし、明らかに情報が制限されている。
それが《知識》の言う『支配と干渉』の結果ならば、彼はとんでもない力を持つことになる。高度情報社会において情報を統制し続けるなど、たとえ超大国であっても不可能だからだ。
深雪は警戒感を抱いて眉間にしわを寄せるが、それまで一貫して無表情だった《知識》も、どことなく不機嫌そうになる。
「しかし今、我々とあなた達の互恵関係は岐路に立たされている。要因はいくつがあるが、そのひとつが『あなた』の《レナトゥス》だ」
「俺の《レナトゥス》がアニムスを消し去る能力だから……か?」
「その認識は正しいが、正確ではない。あなたはまだ『事の本質』を理解していないのだ」
「し、仕方ないだろ! 俺には君の言っていることがさっぱり分からないんだから!」
深雪はムッとして反論するが、《知識》は動じない。それどころか、まるで危険を告げる警告灯のように、カッと見開いた瞳に宿った赤光が鮮烈な輝きを放つ。
「我々は人類と相互利益を共有することを重視してきた。その証がアニムスなのだ。アニムスだけが、我々とあなた達に発展的な未来を約束する保証となり得る。そのアニムスが失われてしまったら、我々とあなた達の互恵関係も崩れ去ってしまう。我々とあなた達が共に生きていくために、《レナトゥス》は存在してはならないのだ!」
《知識》は初めて語気を強めた。よほど強い思い入れがあるのか、機械音じみた声に宿っているのは強い怒り、憤りとも呼べる激しい感情だ。それは《知識》が初めて見せた人間らしさだった。
《知識》は怒りを湛えた口調で続ける。
「我々とあなた達の互恵関係が崩れたら、我々の存在はただの害悪と成り下がるだろう。そうなれば、あなた達はありとあらゆる手段を用いて我々を排除し、支配し、克服しようとするだろう。あなたの《レナトゥス》は、我々と人類の間で辛うじて保たれているバランスを崩壊させかねない。言うなれば、あなたは我々、ひいては人類を脅かす敵対者なのだ。たとえあなたにその意思がなくとも、敵対の可能性がわずかでも残っている以上、あなたの存在を看過するわけにはいかない」
「ち……ちょっと待ってくれ! 俺が人類の敵だなんて、いくら何でも飛躍しすぎだ!! そもそも俺にそんな力は無いし……!」
深雪は慌てて身を乗り出す。《知識》の主張はあまりにも大袈裟だ。いくら《レナトゥス》が希少なアニムスだとしても、人類の存在を脅かすなど過剰評価もいいところだし、その可能性を秘めた能力だとしても、深雪はそんなことに《レナトゥス》を使うつもりはない。
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