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妻は助手席に浅く腰掛け、フェイスタオルでこめかみのあたりを拭ってから私に〇〇総合病院に向かってほしいと言う。走り出してから「急でごめんね」と口を開く。
「アイト君はもともと重い病気で入退院を繰り返していたんだけど、今回はもう駄目らしくて、お盆の前に退院してきたみたいなの。私もその時初めて詳しい病状を聞いて」
妻は胸の前で手を組んで説明した。みんな知らない話ばかりだ。
「アイト君ね、毎年家族みんなで家から花火を眺めるのを楽しみにしてたんだって。でも今年は病院に入院していて見れなくて悲しがってたから、今月18日のアイト君の誕生日にサプライズで花火を見せようって奥さん思っていたみたいで」
妻は言葉に詰まる。
「アイト君、最後に打ち上がる『不死鳥』に毎年感動して泣いていたんだって。だからどうしてもそれを見せたいんだって奥さん張り切って練習していたのに、間に合わなかったみたい……」
18日は明後日だ。私は庭で踊る倉田さんの奥さんを思った。
『不死鳥(フェニックス)』と銘打ったスターマイン花火は、十数年前に大きな被災にあったこのN市の復興を祈願した花火の演目だ。大会のフィナーレを飾る盛大な市民花火。観客はその数分間、夜空を覆うようにはばたく黄金のフェニックスに復興への願いを託す。
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