狐が愛した初猫は

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 部屋の窓を洗う雨が調子づき、ついに雷までも引き連れてきた午後のこと。  俺はタブレット端末での作業を終え、さてコーヒーでも淹れようかと立ち上がった。  そこで()(じょう)のスマホがブブブと振動した。  画面に表示された名前を見ると、(さか)()()()とあった。二人でやりとりしているメッセージアプリのアイコンに、何故か不安げな色がついているように見えた。  立ったまま、アプリを立ち上げる。理美は()いているのか、普段よりも短い言葉を並べ立てていた。 《ごめんなさい! 父が(みき)()さんと話をつけるって言い出した! 今、車の中! もうすぐそっちに着いちゃう! 逆らえなかったの! 別れさせられる! どこでもいいから家を出て!》  理美は箱入り娘だ。父親は輸入業を営んでおり、業績も好調だと聞いている。しがない二流企業の営業である俺とは、住む世界が違う大金持ちのお嬢様だ。  それでも俺たちは運命的に出会い、恋をした。女を信じられなかった俺と、男を知らない理美は、互いに多くの会話を重ねながら、かけがえのない恋人として、絆を温め育んできた。週に二度、彼女は俺の部屋に泊まり、すでに身体を重ねずとも気持ちを合わせられるようになっている。  いつか、理美の父親によって引き離されるだろうことは分かっていた。だから俺は一流企業と呼ばれる会社に転職しようと手を尽くしてきたし、人脈という得難き宝物も着々と拡げてきた。  強制的な別離を迫られても、俺の内にある可能性を説けば、きっと理解してもらえるぐらいの努力はしてきた。ただで引き離されて許容できるほどお人好しではない。どれだけ理美を想い、どれだけ幸せにできるか。不意の襲来は予想の外だったが、逆にチャンスと考えられる男でなければ夢なんか叶うものじゃない。
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