狐が愛した初猫は

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「今日いらしたご用件は、だいたい察しがついています。ですが、僕らの想いも聞いていただきたいのです。気持ちの強さに関しては、誰かに負けると思っていませんので」  言うと理一郎氏は、フンと鼻を鳴らし、俺を見下すように言った。 「とりあえず名刺を出してもらえるかな。あるだろう、家にも名刺の一枚や二枚」  早速痛いところを突いてくる。しかし拒んでしまっては話が進まない。俺は立ち上がり、先ほどまで作業していた机の(ひき)(だし)から名刺を一枚取って、それを渡した。  社名とロゴマーク。肩書と名前。会社の住所と電話番号。彼は男としての価値を測るように見て、微笑か冷笑かも取れぬ笑みを零した。 「物事には(けい)(ちょう)があるように、家として、人として、夫婦としての格の軽重はあるのだよ。残念ながら、君の格はあまりに軽い。うちの娘と釣り合う男ではないね。また、私の息子となった場合にも、君では軽んじて見られる。これが意味するところは分かるね?」  要するに結婚は認めないと言っているのだ。この御仁はいきなり首を落としにきた。言葉の剣を(さば)ける回数は多くないだろう。ならば誠意を尽くすしかない。 「理美さんは、僕に信じる気持ちを与えてくれました。昔から人を疑いやすく、心を許した友人もいませんでした。他の誰かでは埋められないものを、彼女は与えてくれたんです。僕にとっては、人生を懸けて感謝するべき愛おしい女性です」  すると理一郎氏は、これぞ冷笑と言わんばかりに背もたれへ身体を預け、(きょう)(ごう)な態度を隠さずに言った。 「理美にとって、君は初恋だったと聞いている。身体も味わったなら、君にとっては身の程も(わきま)えぬ幸せを堪能したということだ。理美は理美のため、家のため、会社のため、さらに言えば社会のために本当の幸せを掴まねばならない。万人が平等ではないのだよ。生まれながらに備えた格があり、上層と下層のあいだには分厚い壁が存在している。君ごとき凡人が努力しても、天に認められねば壁は破れない。これは、私自身の経験も踏まえて言っている。少しだけ、耳を傾けてくれたまえ」
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