狐が愛した初猫は

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 だが理一郎氏は、()(そん)な態度を崩さなかった。 「百万の誠意と、百万の(カネ)。真に人を動かすのは後者だ。誠とは、言を成すから誠なのだ。では、その旗を掲げた(しん)(せん)(ぐみ)はどうだったか。有名な者は貫いたかも知れないが、離反した者も多い。仮に新撰組の全員が真に誠を貫いていたにせよ、彼らの誠は(にしき)()(はた)と武力に負けた。もしも幕府が彼らの誠に共鳴し、分裂せずに団結できていたなら。また、幕府が薩長を上回る百万の大砲を用意していたなら。そうだ、維新は成功しなかった」  彼は自分の言葉に酔い始めたか、さらに語勢を強めた。 「誠意とは、力に屈するものだ。人間はそれを本能的に知っているゆえに、誠意よりも利を求める。利を追求すれば、人の誠意すら簡単に買える。たとえ利によって得た誠意が偽物だと言われても、利あらばこそ、愛情を捨てる決断さえ人はできるのだ」  理美を見ると、ハンカチで顔を覆い、肩を震わせていた。反論できないと思われたのだろう。理一郎氏の言葉には圧があり、冷めたコーヒーさえ熱い波紋を起こすようだった。悔しさにも似た感情と、彼の言い分を理解している自分がいる。複雑な悔しさが立ち上がると同時に、何だか言い負かされて脱力したところがあった。  彼は、上着の内ポケットから小切手帳を取り出した。すでに印が()されているそれをテーブルの上に置き、勝利を得た目で俺を見つめた。
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