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ユウタは道端で泣いていた。
人通りはさほど多くない、狭い通りだった。
今は平日の昼間だということもあり、ユウタのほかに人は見当たらない。
秋晴れの涼しい風が吹きつける中、ユウタの泣き声だけが、コンクリートの塀にむなしく響く。
すると、15歳くらいの少女がひとり、ユウタの前を通りかかった。
「どうしたの?」
少女は足を止めて、ユウタに尋ねる。
びっくりしたユウタの泣き声がさらに大きくなった。
「わわっ、べ、別に私は怪しい者じゃ……、ってこの言い方が一番怪しいな……。えっと……」
少女は、しゃがんでユウタと目線を合わせる。
「びっくりさせちゃって、ごめんね。お姉さんね、その、君がなんで泣いているのか知りたいんだけど」
理由をきき出そうとするが、ユウタはなかなか泣くのをやめてくれない。彼女の言葉も、おそらく耳に入っていないだろう。
「……うーん、どうしよう。
……そうだ。
よし、こうなったら、君にお姉さんのとっておきの秘密を教えてあげよう」
ユウタは泣き続けながらも、ちらっと少女の方を見る。
少女はまっすぐユウタの目を見て言った。
「実はね、お姉さん、……“魔法使い”なの」
「……うそだ」
「えっ!?」
「……まほうつかいは、ほうきにのってるんだもん。おっきなとんがったぼうしをかぶってるって、ようちえんでならったもん」
「あー……、え、えっと、この格好はね、世間の目を欺くために、わざとフツーのお洋服を着ているんだよ!」
「……?」
「そのつまり、お姉さんが魔法使いだってことがバレないように、“フツーの女の子”を演じてるってこと! もしバレちゃったら、大変なことになっちゃうでしょ? ね?」
「……」
「ほうきはあの、今ちょっと壊れちゃっててないんだけど……。いつもはもうビュンビュン乗ってるよ!」
「……」
泣き止みはしたが、黙り込んでしまったユウタ。少女は不安げに、ユウタの様子を観察する。
「……あの、だからね、もし君が何か困っていることがあるならお姉さん、力になれるかもしれないよ」
「……ほんとに、まほうつかいなの?」
「も、もちろん! ……あっそうだ、見てて!」
少女はポケットに突っ込んでいた手をユウタの前でひろげてから、ギュッと握る。
もう一度ひらくと、手のひらにはオレンジ色のキャンディがのっていた。
「ねっ? 魔法だよ、すごいでしょ? これ、君にあげる」
少女は得意げに笑って、ユウタの手にキャンディを握らせた。
「……すごいっ……」
うるうるしていたユウタの瞳は、キラキラと輝きだした。
「ほんとのほんとにまほうつかいなんだね、おねーちゃん! もっとみたい! もっとまほうみせて!」
「え、もっと?
……フフフ、良かろう。特別だよ?」
少女が再び手を握った、そのとき。
「ユウタ!!」
遠くから駆け寄ってくる女性。
「ママっ……!」
ユウタは大きく手を振った。
「良かった無事で……! どこもケガしてない?」
「うん! このおねーちゃんといっしょにいた!」
ユウタの母親は、少女を見て深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。つい目を離してしまって……」
「あっ、いえいえ、私は全然何も……」
少女が遠慮がちに言うと、ユウタが目をキラキラさせながら言った。
「このおねーちゃん、まほうつかいなんだよ!」
「え?」
「てのひらにね、あめがでてきたんだ!」
ユウタはもらったキャンディを母親に見せる。
少女は苦笑いしながら、
「すみません、勝手に渡してしまって。ぜひもらってください。
それと、ユウタくん。お姉ちゃんが“魔法使い”っていうことは、シーッ、だよ?」
人差し指を口元にあてた。
「うん、わかった!」
ユウタが無邪気に笑うのを見て、ユウタの母親は優しく微笑んだ。
「……本当にありがとうございます。あなたのような優しい方に気づいていただけて、本当に良かった」
「いえいえ、そんな……」
3人を包む秋の空気は冷たいはずだが、不思議とほんわかあたたかい。
「それじゃあ、そろそろ失礼します。ありがとうございました」
「ばいばい、おねーちゃん!」
「うん! バイバイ!」
ユウタと母親が角を曲がって見えなくなるまで、少女は手を振り続けた。
柔らかな日差しを浴びながら、背伸びをする少女。
「……なんか、私まで元気もらっちゃったな」
歩き出そうとしたとき、ピロポロリンッという独特な着信音が鳴る。
少女はショルダーバッグから携帯のようなものを取り出して、耳にあてた。
「もしもし? ……あ、ほうき直りました?
今ちょっと遠くに出かけてて、でもすぐ取りに行きますね!」
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