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 公爵令嬢・マリアンヌは、舞踏会に行きたくなかった。  ちょっとしたワガママというレベルではない。絶対に行きたくない。行くくらいなら公爵令嬢の地位など捨てていいとさえ思い詰めることもある。  理由は単純で、ダンスが踊れないからだ。  そんなことで? と思われるほどの理由だが、マリアンヌにとってはこの世で一番深刻な問題だった。  もちろん淑女の嗜みとして、幼い頃からダンスの練習は当然受けている。しかしちっとも上達しない。いや、上達しないどころではない。およそ人の動きとは思えぬ、ネジの外れたゼンマイ人形のような奇妙な動きは、思わず笑ってしまうような、どこかゾッとするような、珍妙極まりないものだった。  もちろんマリアンヌだって努力はしているが、あまりにも進歩がなければ誰だってやめたくもなる。教える側だって同じこと。ダンス教師たちもすっかり匙を投げてしまい、今では教えてくれる者もいなかった。  さらに幸か不幸か、マリアンヌはダンス以外のことなら完璧な淑女だった。身分も高く、美しさと気品を兼ね備え、礼儀も知識も十二分だ。人前で失敗などしたことはない。  さらに、マリアンヌはその完璧な淑女ぶりを買われ、王子の婚約者にもなっている。  同年代の令嬢たちは、そんなマリアンヌを憧れと尊敬のまなざしで遠巻きに見ていたし、令息たちには高嶺の花と噂されていた。王子との婚約が決まった時も、誰もがさもありなんと納得した。  未来の王妃、完全無欠の淑女・マリアンヌ。だからこそ余計に、無様な姿を人目にさらすことに強烈な抵抗があった。  そんなわけで、マリアンヌは公爵令嬢にも関わらず、夜会も舞踏会も欠席し続けた。  しかし、そろそろ成人が近くなるとそうもいかなくなってくる。夜会は社交の場であったし、催事要素の強い舞踏会には公爵家としても出席する必要がある。ましてや王子の婚約者が、王家主催の舞踏会に欠席し続けるとなると、いやでも口さがない噂が立ち始める。  しかし、どうあがいても、踊れない。ならばいっそ、踊らないで済む方法はないかと考えたが、これも難しい。婚約者の王子は、自分が出席すれば必ずファーストダンスを申し込んでくるだろう。そうなれば、断ることはできない。  ならば、婚約者の王子に事情を打ち明けて、踊らないで済むような方法はないかとも考えた。けれど、王子が婚約者をダンスに誘わないとなれば、それはそれで社交上、非常に不名誉なことになる。そもそも、王子に自分の恥をさらすのは嫌だった。婚約者の公爵令嬢がダンスを踊れないと知れば、王子はきっとひどく幻滅するだろう。  結局、堂々巡りを繰り返しては、一度も出席することはないまま今に至っている。
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