第1話 女勇者さん、鍛えてください 

1/1
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

第1話 女勇者さん、鍛えてください 

 あるとき、ボクは水浴びをしている天使を見た。  その天使は胸こそ大きいが、腹筋が六つに割れている。肌のあちこちに傷はあるけど、ツヤ自体はキレイだ。ほんと、天使みたい。  そんな天使に、迫りくるハチ共が。  ボクは、ハチミツを取りに行っていたんだった。ボクはようやく、自分の役割を思い出す。  それより、あの人を助けないと。 「このー。あっちへいけー」  マッチを擦って、竿付きの煙玉を炊いた。ハチを巣から追い出すアイテムだ。なるべく天使のハダカを見ないように、ボクはハチを追い払う。  だが、ボス格の巨大ハチまで現れてしまった。  コイツに、煙玉は通じない。 「どいてろ、小僧」  天使が、ボクの前に立つ。タオルを自分の身体にかけ……ず、タオルをムチ代わりにしてハチを追い払った。  たまらず、巨大ハチも退散していく。  タオルだけで、モンスターを退治するなんて。 「ケガはないか?」 「は……いっ!」  顔を向けると、お姉さんの裸体がすぐ側にあった。  ボクは顔をそらす。 「わたしはシルヴァーナ、冒険者だ。キミは?」 「フィオといいます。この湖の先にあるトレンの村に住んでます。よろしければ、休んでいかれますか?」 「助かる」  冒険者シルヴァーナさんが、街娘風のインナースーツを着る。続いて、銀色の鎧を身に着けた。 「まさか。あなたは、勇者シルバー・ソニック!」  若くして魔王を倒し、世界を救った伝説の勇者である。  銀色の仮面をかぶり、正体はわからないと言われてきた。こんなキレイな女の人だったなんて。 「そう呼ばれることもあるな」  勇者シルバー・ソニックに手助けをしてもらいながら、ハチの巣から蜜を取る。 「お礼の、ハチミツとレモンのドリンクです」  村に戻ってクエストを済ませ、ボクは勇者を自宅に招いた。  わが村の名産は、本当はハチミツ酒だ。  けど、勇者はお酒が飲めないという。 「シルバー・ソニックほどの大物冒険者が、どうしてこんな小さい村に?」 「この村の近くにダンジョンができたと聞いたので、討伐に来た」  ただ村に入るのでは、モンスターの返り血で汚れすぎていた。洗い流すために、この湖で休んでいたという。  たしかに、この湖は精霊の加護があって回復機能までついている。万全を期すために、身を清めていたのか。  ダンジョンは、この世界に浮遊する瘴気が自然界と融合して自然発生する。 「おおかた、魔王の残党かなにかだろう。となれば、見過ごせない。新たな魔王が誕生してしまうかも知れんからな」  魔王は倒されたが、まだまだ平和になったとはいい難い。 「そうですか。あの、不躾なお願いなんですけど、ボクを弟子にしてください」 「なんだって?」 「ボク、強くなって冒険者になりたいんです」  シルヴァーナさんに頭を下げて、ボクはお願いをした。 「ここはゴブリンとかの、自警団でなんとかできる規模の魔物しか出ない。村を守る程度なら、それなりでいいじゃないか。それに、キミは冒険者向きの体つきじゃない。焦る必要はないと思うが?」 「村の大人にも言われました。お前には才能がない、って」 「わたしから見ても、そう思う」  ハチミツドリンクを飲みながら、シルヴァーナさんは告げる。 「強くなってどうするんだ? わたしの力は、人間には過ぎた力だ。イタズラ目的で習得はさせられない」 「わかっています。でも、ボクはどうしても強くならないといけないんです。お願いします」 「普通の生活は、イヤか?」 「そういうわけじゃないです。でも、ただの村人で終わりたいとは思っていません」 「わたしは、普通の村人でも立派だと思う」  意外な言葉が、勇者さんから出た。 「そうなんですか。世界を救うほうがすばらしいと思うんですが……」 「いや。荒れ地を耕し作物を育てる人も、街でものを売る人も、みんなすばらしい。わたしが手に入れられなかったものだから。キミだって、誰かのすばらしい人になれるさ」 「だとしたら……ボクはもっと強くなりたいです」  ボクの意思は、変わらない。 「わかった。強くなるということは、それだけ責任が伴うぞ。やれそうか?」 「はい」 「実はわたしも、才能というものを信用していない。向いていないと言われて、黙って引き下がるのは性に合わん」 「ボクも、同じ気持ちです」 「とはいえ、実験的な扱いになる。いわば気まぐれだ。それでもいいか?」 「ぜひ」  ようやくボクは、勇者の弟子一号となった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!